見出し画像

雇用動向の行方

先日お会いした経営者様が、「今年を好機と捉えて、人材採用を強化する」と言われていました。この視点は、とても大切だと思います。

6月29日の日経新聞に「大卒採用、車など半数業種で減少 10年ぶり低水準」と題した記事がありました。「回答のあった調査対象企業においての2021年春入社採用計画は10万8116人で、20年春の実績との比較では2.6%増と10年ぶりの低い伸び率となる」とあります。「新型コロナウイルスの感染拡大などが響いて主要43業種のうち半数で前年を下回る」そうです。一見すると、コロナ禍で雇用動向も沈んできているという印象を受けます。

しかし、注意しなければならないのは、採用計画は全体で依然として2.6%の「増加」である点です。勢いは落ちているものの、なお増えているということです。リーマンショック(2008年9月~)を受けた後の、2010年度の同結果(=2009年に調査実施と思われる)では、21.8%減という激しい落ち込みでした。この数値と比べると、採用意欲の減退は限定的と言えます。

加えて、同指標は対前年比の増減率です。2020年まで各社で旺盛な採用活動が行われてきました。その盛況な時期の採用数と比べて増加なわけですので、全体的に採用数は高水準で推移していると見ることもできるでしょう。

雇用に関する別のデータで考えてみます。「有効求人倍率」は、1人あたりの求職者に対して、どれだけの求人数があるのかを示す指標です。2019年4月には平成以降で最も高い1.63をつけていました。つまり、1人の求職者に対して1.63の求人が得られる状況です。これが、最新の2020年5月は、コロナ禍を受けて1.22まで下がっています。しかし、依然として1を上回っていて、理論上は「場所・職種・賃金にこだわらなければ、日本国内なら何らかの仕事に就ける」状態が続いていると言えます。これが、リーマンショック後は0.5まで下がっていました。0.5というのは1人の求職者に対して0.5件しか求人が得られない状態です。この数値の差異からも、今のところリーマンショック後ほど雇用市場は悪化していないと見て取ることもできます。

今回のコロナ禍は100年に1度の恐慌とも言われています。その割に、こうした雇用関連の統計にリーマンショック後ほど深刻な数値が出ていないのはなぜでしょうか(もちろん、上記の継続性は保証できず、今後これらの数値がさらに悪化する可能性はありますが、現時点ではまだそこまでの兆候は見えていません)。私なりには、大きくは2つの要因が仮説立てられるのではないかと考えます。

1.以前からの人手不足が蓄積されている

同記事では下記の紹介もありました。今回の雇用の動きの特徴として、産業間によるばらつきの大きさが挙げられるでしょう。産業によっては減少幅が大きく、それらの産業を見ていると全体も減少しているように見えるかもしれません。しかし、それらの産業もまだ上記リーマンショック後の状態までは至っていないように見受けられます。

・産業別では43業種のうち21業種で前年を下回った。
・減少は、自動車・部品7.6%減、百貨店・スーパー8.5%減、鉄鋼18.2%減、保険9.9%減、など。一方、陸運で38.1%増、電子部品は10.7%増など増加もある。
・個別企業の例では、高島屋は前年度から半減以下の20人、日本製鉄はグループで34.5%減、日本生命保険は10.6%減。一方、福山通運はグループで7割増、丸和運輸機関は「雇用情勢が悪化している今こそ人材確保に力を入れる」として9割増の約520人、キオクシア(旧東芝メモリ)は新たな半導体メモリーの開発をにらみ13.5%増、ミネベアミツミはグループで5割増。

そして、運輸や介護など、以前から人手不足が慢性的だった業界が引き続き積極的な人材採用の必要性に迫られていることから、全体的に増加という結果に押し上げていると言えそうです。

2.外国人人材の入る見込みが立たない

特定国との間で商業目的の移動が認められる方向など、他国との移動制限が一部緩和に向かう動きが出てきました。しかし、依然としてその動きは限定的で、以前のように国境をまたいだ人の移動はいつ戻るのかわからない状況です。これは、インバウンド消費ももちろんですが、事実上労働力として機能していた技能実習生などを含めた外国人人材が入ってくる目途がまったく立たないことを意味します。

リーマンショック後では、2009年と2010年に外国人労働者数がいずれも前年比13%以上伸びていました(厚生労働省)。(これが本質的な解決法とは思いませんが)リーマンショックを受けて、より安い人件費の労働者を調達しようという動きが強まった結果の表れでしょう。仮にこの時と同じ動きを企業がとろうとしても、今回はまだ目途が立たないということです。外国人人材の流入が減ってしまうと、日本国内の労働者はひっ迫する結果となります。

私たちは、上記1.2.の点もきちんと視野に入れた上で、人材確保の取り組みが求められると言えるでしょう。さらには、日本は既に人口減少社会に突入しています。つまりは、今後国内の労働力人口はますます減少するということです。「コロナ禍はいろいろな面で大変だが、人材不足に関しては少し和らいでくれるかも」という幻想をもつべきではないということでしょう。

また、上記丸和運輸機関の例に見られるように、これまで人を集めにくかった業界や企業にとっては、人材確保に打って出る絶好の機会と捉えて動くべきでしょう。

<まとめ>
人手不足が収まる気配はない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?