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事例を鵜呑みにしない

前回の投稿では、人材採用に関する日経新聞の記事をもとに、所与のデータのみで物事の採否を判定しようとするとミスリードとなりかねないことを取り上げました。同記事の示唆のひとつは、AI判定とされるプロセスにも、どこかで人間の判定が介在している可能性があるということでした。

同記事から汲み取れるもうひとつの示唆は、ある事象や事例について参考にする時は、それらの前提になっていることについてよく把握する必要があるということです。

同記事では、ある投資会社がアナリストを採用した時にうまくいった見極め方法を紹介していました。しかし、他の投資会社のアナリスト採用でこれとまったく同じ方法を使えばうまくいくかというと、そうとは限らないでしょう。同じ業界といっても会社が違えば、企業理念、サービスの特徴、投資スタンスなどは、投資会社によって異なるはずです。求められる人材も変わってきます。つまりは、採用の前提が異なるということです。よって、業界他社が最適と考える採用方法が、自社でも最適とは限りません。

先日、ある経営者様とお話したときのことです。「『リーダーの仮面(安藤広大氏著)』の書籍内容が今自社に求められているやり方か、『NO RULES(リード・ヘイスティングス氏、エリン・メイヤー氏著)』の書籍内容が求められるべき究極の姿か、自社のこれからについてこの2つの相反する方向性で思案中である」とお聞きしました。

(私なりの解釈になりますが)『リーダーの仮面』は、距離感を置いた上司・部下関係のもと細かいルールを設定し、部下のやるべき目標・課題・取り組むべきことをマネージャーが定義し徹底的にやりきらせるよう介入するマネジメントスタイルの妥当性を説明しています。『NO RULES』のほうは、世界一自由な会社と言われるネットフリックス社を例に、ルールを極力排し、部下に最大限の裁量の自由を与えて思考・実行させることの妥当性を説明しています。

まさに、両者は相反するように見えますが、どちらかのみが正解なのではなく、どちらも正解なのだと思います。置かれた環境・状況によって、どちらがより有効なのか、あるいは部分的に両者をブレンドして取り入れるのが有効なのかが、変わるだろうということです。

特にネットフリックス社のやり方のほうは、日本企業全般に当てはまる環境と前提の違いに留意する必要があると考えます。前提の違いについてはいろいろあると思われますが、中でも私の考える大きな要素として2つ挙げてみます。

・日本企業は解雇権の制約が大きい

「成果を出せない人材は潤沢な退職金を積んで辞めてもらう」のようなことが、『NO RULES』には書いてあります。つまりは、社員には裁量を与えて本人が最高にやりやすいと思える環境・仕事の進め方で仕事をしてもらう、しかし成果が出せなければその時点でクビ、という、極めてシンプルな「自由と責任」が大前提としてあるわけです。多くの日本企業には現時点の雇用慣行上、そのような前提はないでしょう。

自由にさせて成果が出せなかった場合でも、雇用を維持し続けなければなりません。自由にさせたが成果が出せなかった、しかし一度自由さを味わったその社員はマネージャーによる以前のようなPDCA介入マネジメントを嫌うようになった、どうしたらよいか? このことへの自社なりの解なしに、「うちもこれからNO RULESだ」などに打って出ようものなら、間違いなく失敗すると思います。

「20世紀最高の経営者」と評されたGEの元CEOジャック・ウェルチ氏については、多くの従業員に解雇通告をしたことでも有名です。そのことについて、ハーバードビジネスレビューの記事で次の説明がされています(一部抜粋)。

~~多くの人はジャックの率直さを、熱心に人材を選別する姿勢と結び付けている。選別とは、従業員を成果に応じて上位20%、中位70%、下位10%に分類することを指し、歯に衣着せぬ彼一流の表現によれば、下位10%は「社内に居場所がない」のだった。

 このような率直さ、すなわち直球型のフィードバックや解雇通告は、一部からは冷酷と受け止められた。ところが本人は、思いやりだと主張した。あるカンファレンスに一緒に登壇した際も、同様の発言をしていた。自身の流儀に疑問を投げかけた参加者に、こう切り返したのである。

「成果の思わしくない人材に長年その事実を告げず、改善に向けた努力、より適した部署の有無の確認、転職先探しなどの機会を与えなかったなら、どうなるでしょうか。やがて景気が悪化して労働市場が著しく冷え込んだときに、備えができないまま年齢を重ねたその人を、解雇せざるを得なくなったとしたら……。どちらがより残酷でしょうか」~~

このことの是非にはいろいろな意見もありそうですが、少なくとも米国では上記が方法論のひとつとして成立する考え方の土台があると言えそうです。労働者保護の考え方が強い日本では簡単には成立しないでしょう。解雇権の有無は日本企業と他国企業で、とりわけ大きく異なる前提です。そのことを念頭に置いたうえで、何をどの程度参考にするとよいのかを考える必要があると思います。

2つ目については、次回以降考えてみます。

<まとめ>
他での事象や事例を参考にする時は、それらの前提になっていることを整理してみる。

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