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雲の中のマンゴー|#12 マンゴーハウス

この物語は、自動車部品メーカーを営む中小企業の若き経営者「沢村 登」が様々な問題に直面しながら、企業グループの新しい未来づくりを模索し新事業に挑戦する「実話を軸にしたフィクション」ストーリーである。

Novel model Mango Kawamura
Author Toshikazu Goto

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第12話 「第2章~その5~」

2019年8月中旬
「玄さん、このナナマルには俺が小学生の時に最初に乗せてもらったんだよね。変わらず格好いいねぇ~何キロ乗ってんの?」

登は、黒岩の運転する1988年式ランドクルーザー70(通称:ナナマル)の助手席から、ガラガラと騒がしいディーゼル音に負けじと声を張った。

「33万キロ、今でも快調です。もちろん自分で整備していますよ。」

「33万キロ!タフだなぁ。」

1988年といえば登が小学校2年生の時であり、株式会社サワムラが自動車エンジンルーム内のセンサー類をつくり始めたころでもある。
ナナマルは富士岡市の北西部にある田園地帯の農道をゆっくりと走る。遠目にビニールハウスが3棟ほど見えてきた。

カチッ、ブルブルブル。

「着きました、このハウスです。」

山間にあるハウスは、沢村次郎のアスパラハウスよりも断然背が高く、面積は3倍以上はありそうだ。

「大きくて綺麗なハウスだね、まだとても新しく見えるよ。」

「オーナーをご紹介します。さぁ、行きましょう!」

「沢村さん、わざわざようこそ。玄さんから聞いてます。今日は存分に見学していってください、玄さん案内を頼みます。」

「無理言ってすみません。」

「いえいえ、のちほど事務所に顔出してください。冷たいものを用意しておきますので。」

黒岩の案内でハウス内に入る。外も綺麗だったが、ハウス内も見事に清掃が行き届いている。整理整頓された工場環境での仕事が長い登にとって、このハウスは、その環境に近い感覚を感じることができた。こういう環境だとサワムラの社員も違和感を持ちにくいのではないかとも思えた。
黒岩は、ハウスで栽培している11種類のマンゴーの特色を説明し、自分が携わっている栽培補助の内容とマニュアルづくりのことも話してくれた。特に興味をもったのが、温度や湿度、照度等を管理する制御盤であった。

1時間ほど、じっくりとハウス内の見学を終えプレハブの事務所に移動する。今日は曇り空だったが、さすがに汗だくである。

「お帰りなさい、まずは冷えたお茶をどうぞ。マンゴーはいかがでした。」

「ありがとうございます。さっそくいただきます。」

登は喉を鳴らして一気に飲み干した。

「ハウス内がとても綺麗なことに驚かされました!しかし、マンゴーが11種類もあるなんて知りませんでした。」

「そうでしょうね。アップルマンゴーという言葉や、九州のブランドからアーウィンという品種くらいは聞いたことがあるかもしれませんが、皆さん種類の多さに驚かれますね。」

オーナーはとても気さくで穏やかな雰囲気の方である。

「沢村さん、玄さんは週末にこのハウスに来ていただいていますが、とても助けていただいています。この先もとても期待しています。」

登は少々複雑な心境ではあったが

「そうですか。玄さんについては、普段の仕事ぶりをみているからだいたい想像がつきます。豆に動くでしょう、口うるさくないですか...笑」

「いやいや沢村さん、助けていただいているというのは栽培補助ということではなく、このマンゴーハウス全体の管理と栽培マニュアルを作ってくれていることなんですよ。実は私が冬から体を壊してしまって、現在も通院しているんです。仕事のボリュームに関する内容はパートさんにも助けてもらえるのですが、いろいろな判断が必要な仕事は私がやらなくてはなりません。通院が増えるとマンゴーの生育管理が疎かになります。大事な問題の芽を見逃すことになるかもしれません。」

「なるほど、そういうことですか。それは大変ですね。」

「まぁ、話はこのぐらいにしてマンゴーをいかがですか?一番収量の多い品種アーウィンはこれで今年最後です。完熟していますので是非そのまま召し上がってください。」

登は、さいの目にカットされたひとかけらをフォークで刺し口に入れた。

「うまい!!なんだこれ。」

驚いて次の声がでてこない。

「あっ!」

ふいに、登の記憶がよみがえる。
1998年夏。サッカー部の練習を終え帰宅すると、管理栄養士の母は「これで栄養つけなさい」と黄色いねっとりしたフルーツを出してきた。市販の菓子や缶ジュース、炭酸飲料類は絶対に摂取させない厳し母親であったが、宮崎に住む友人が送ってきたという、その物珍しいこの黄色いフルーツを真っ先に食べさせてくれた。そう、それはマンゴーだった。初めて口にする強烈な甘さと爽やかさ。なんてうまいんだ。

「あっ!あの時の、20年以上前に始めた食べたマンゴーと一緒だ!」

今日はやけに昔の思い出がよみがえる。

「ほう、そうでしたか。あのマンゴーたちは今年で3年目です。マンゴーは5年で成木になりますので年々収穫量が増えていきます。そして、来年はもっと美味しくなると思いますよ。」

「そうなんですか!これ以上美味しくなるんですね、それは凄い!」

「玄さん、話してもいいですかね。」

オーナーは黒岩の頷く顔をみて続けた。

「沢村さん、先ほども話した通り私は体を壊しておりまして、この先毎日のように農場で作業をすることは難しいとドクターに言われています。このマンゴーハウスのことも誰かに譲渡できないかと考え、方々に相談を始めていました。もちろん玄さんにもそのことを相談しています。」

カチッ、ブルブルブル。
えっ!なんだ!
登は、体の中でスイッチが入ったような感覚を覚えた。そして言った。

「えっ、いまなんと?このマンゴーハウスを譲渡するのですか?他の方にも相談しているんですか?」

登の思考は止まらない。このマンゴーハウスであの美味しいマンゴーを自分たちの手でつくってみたい。静岡なら恐らくライバルは少ないだろう、そしてこの地の新しい産物としても発信してみたい。

決めた!迷いはない。

「ぜひ、私にやらせてください!」


#13に続く。


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