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雲の中のマンゴー |#1 プロローグ

この物語は、自動車部品メーカーを営む中小企業の若き経営者「沢村 登」が様々な問題に直面しながら、企業グループの新しい未来づくりを模索し新事業に挑戦する「実話を軸にしたフィクション」ストーリーである。

Novel model Mango Kawamura 
Author Toshikazu Goto

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第1話 「プロローグ」

2019年3月
「玄さん、あの時は継続雇用を希望すると言っていたじゃないか?どうして、今になってそんなことを言うんだ。」

創業当時から変わらない内装の応接室、ところどころ布テープで補強してあるソファーに浅く腰掛けた(株)サワムラの社長である沢村登は、対面する今年の夏に60歳を迎える黒岩玄に対して、落胆する気持ちを隠さず声に出した。

(株)サワムラは、登の父である先代社長の沢村一が創業した会社で、当初は温度計等の計測機器製造業であった。その後事業転換をはかり、今の自動車エンジンルーム内の各種センサーを製造する自動車部品工場となった。バブル時期が過ぎしばらくして、価格競争の波が押し寄せ海外進出を余儀なくされ1995年に中国に進出をしている。

登が社長になったのは2011年4月であり、その時点で沢村一は会長兼中国協力工場の責任者となり、それ以来単身赴任でずっと中国で暮らしている。

社長就任の年は東日本大震災の影響を受け、売り上げが半減それ以下の時期もあった。一番大変なタイミングで社長になったとは思ったが、黒岩玄を筆頭に先代の時代から会社を盛り立ててきた社員たちに大いに助けられ、何とか危機を乗り越えることができた。

黒岩玄は、沢村一の社長時代に技術者として採用され工場の業務改善に率先して取り組み、関係会社や取引先からの要請によるISO導入の責任者を務め、JQAやJ-SOX対応など組織的な基盤強化に尽力してくれていた。また、登が下積みの営業担当をしている時には、前線の営業マンが活躍できるようにと社内のIT化による営業サポート体制構築にも積極的に取り組んでくれた。

「登くん、いや社長。1年もすれば変わるんだよ環境も考えも。分かってくれよ。」

黒岩は一歩も引かない。

「玄さん、どうして農業なんだ。農業なんていつだってできるだろ。玄さんにはこの会社でまだまだ活躍してもらわないと困るんだよ。」

これは登の本心であった。(株)サワムラは、自動車部品工場を営むといっても孫請けに位置する中小企業である。社内の生産性向上の取り組みは十分すぎるほどに手を尽くしてはいるが、それでも取引先からの要求が緩むことはない。
社員の平均年齢の高まりは抑えられず、継続雇用による従業員確保も限界にきている。もう何年も余裕のない経営をしていることになるが、正直打つ手がないまま時が過ぎている。その状況の中、黒岩の仕事品質と管理能力に助けられ経営を継続できているといっても過言ではない。

「社長、これには・・・
いや、農業は今でないとだめなんだ。どうしても!」

黒岩は意味深な語りをしつつも、強引に説得しようとしてきた。登はそれには即答せず先延ばしにすることにした。
  
「玄さん、一旦この話はまた後日にさせてくれないか。ちょっと時間をくれ。」

応接室に一人残り物思いにふけった。「親父に相談してみるか...」登は、中国にいる沢村一に相談の連絡を入れた。

「玄が。そうか、そう言ってきたか。あいつも60になるのか。」

しばし考えるような間があり、沢村一は答えた。

「登、あいつの考えを尊重してあげてくれないか。玄のコトだ、よくよく考えてのことだろう。それとな、こっちは今はそれどころではないんだよ。実はな、程さんが会社を辞めることになりそうなんだ。」

「えっ、おいおいマジか。まずいなそれは。」


#2に続く。


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