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誕生

不妊治療を開始して4年。ようやくこの日がやってきた。
私自身、本当は不妊治療にものすごく抵抗があった。あの時は「自然」にこだわりすぎていたのかもしれない。でも自然にできないことがわかってからは夫と何度も話し合い、一つずつステップをあげていった。結局、顕微鏡受精をしたけれど、本当に元気な赤ちゃんが産まれてくるのか?無事に産まれてこの手で抱くまで不安はつきなかった。ゴールがないトンネルにいるようだったけれど、ようやく出口が見えてきた。そんな感じだった。でも、出産がゴールではなく、むしろ「始まり」なんだよね。まずはここで一区切りしたいので、最後にnoteに記録させてください。また不妊治療が始まればここに戻ってこようと思います。
ここまでお付き合いいただいた皆さま、いつも温かいメッセージに何度も救われました。治療中はズタボロのメンタルで、誰にも言えないこともここならなんでも吐き出せました。ここで吐露できたおかげで、前を向いて治療に望むことができました。
本当にありがとうございました。
皆さまの治療がうまくいき、無事に授かることができるよう心から願っております。




以下、出産までの記録になります。

3/4
深夜に自宅で破水したため、即入院となる。入院後、3〜4時間置きにNSTを実施。陣痛らしきものも全くこないので、残りの仕事やブログ、映画などを見ながらリラックスして過ごす。

午前中に主治医の診察あり、子宮口は1㌢。羊水はあるけど、少し減ってきているとのこと。今日•明日はスタッフ手薄なので、陣痛促進剤は使用できないとのこと。自然に陣痛が来るのを待つしかないと説明を受ける。動くと羊水が出てしまうので、部屋では安静にするように指示を受ける。陣痛来なければ3/6(月)陣痛促進剤投与していくが、羊水が少なくなって赤ちゃんに問題が出てくるようであれば、帝王切開になる可能性もあり。輸血もするかもと説明があった。

3/5
赤ちゃんの異常も無く、元気そう。羊水の出も減ってるため、室内歩行程度ならするようにと指示あり。助産師さんから、今出来ることは、三陰交マッサージや乳頭マッサージだと言われ、入念に実施。

3/6 深夜0時を過ぎたあたりから、1時間に1〜2回、生理痛のような痛みが出現。「これってもしや?」と思い、助産師さんを呼ぶ。「陣痛が始まってきたかもしれないので、痛みの山と山がどのくらいの間隔なのか見ておいてほしい」と指示あり。最初は1時間に1〜2回だったのが30分、20分と間隔が短くなる。朝方4時には10〜15分くらいの間隔へ。

陣痛が来るのと同時に痛みへの恐怖心からか、全身緊張しうまく力が抜けない私のカラダを助産師さんがマッサージでときほぐそうとしてくださる。カラダに手を当てられるだけで、安心するし、自分のカラダが硬直していることに気がつく。呼吸法も一緒に声をかけながらやってくれた。

朝食が運ばれる時には、陣痛間隔はおそらく7〜8分間隔になっていた。全然食べれそうになかったけど、ここは食べとかないと!と強い思いから、陣痛が落ち着いている合間にご飯やおかず、ウィダーゼリー、栗などを食べる。

「陣痛中は立位の方が赤ちゃん下に降りてきやすいよ!」と患者家族の娘氏(看護師さん)からアドバイスをいただいたので、それを実行。たしかに寝たり座ってるよりも立位の方が痛みが楽。陣痛で骨盤が徐々に押し広げられているような間隔がめちゃくちゃ痛いため、骨盤を後方から壁に押し付けることで、痛みが和らぐので、その体制でしのぐ。
9時に診察に呼ばられる。とても歩ける状態ではなかったけど、部屋の出口まで歩いて移動したら、途中で気持ち悪くなり洗面所に嘔吐。おそらく朝頑張って食べた分は全部リバース。(私の頑張りが、、、と悲しくなる)
車椅子で診察室へ。ここで子宮口2横指。少しずつ陣痛促進剤を入れ、今日中に産みましょう!と。

診察室から帰ってきてからもひたすら陣痛に耐える時間。何度も助産師さんに「痛み止め無いですか?」と尋ねてしまう自分。

どんどん陣痛の間隔も狭くなり、痛みも強くなる。その恐怖で呼吸が乱れる。その度に、助産師さんは呼吸のリズムに合わせて背中をさすってくれ、腰を押してくれた。痛みで気が狂いそうだったけど、助産師さんがついてくれているからなんとか乗り切れた。

嘔吐したので、お昼は絶食となる。ま、ご飯なんて食べれる状態ではなかったけど。

お昼前、助産師さんによる触診。子宮口4横指。「良い感じに進んでるよー!」と声をかけてくださるが、「まだかい、、」と少し絶望する。

午後から、赤ちゃんが段々と下に下がってきたのが分かった。と同時に下からいきみたくなる感覚が出現する。でもこれはいきまず呼吸で逃しましょう、と言われる。

助産師さんに教えてもらった呼吸法「吐きながら3秒ずつフーフーフー」これに全集中する。うまくできたときは痛みが楽になるのがわかる。うまく吐け無い時とそうで無い時の差も分かる。こんなに呼吸って凄いのか、、と少し感動する。

呼吸しながら何度も吐き気を及ぼす。もう出すものが無いので赤褐色のような唾液が出る。

14時50分 触診でほぼ子宮口全開に近いから分娩室に移動しましょう!との指示。「あー、やっとこの時が来たか!」

すでに着替えていた病着も羊水でびしょ濡れになってしまい、再度病着に着替える。陣痛ありながら着替えので、これまた大変、、やっと着替れたと思ったら、なんと病着が逆になっていたようで、また着替え直す。

15時過ぎに車椅子で分娩室へ移動。車椅子に座るとお尻のあたりに重い感覚が。「頭がだいぶ下がってきてるのかな?」

分娩室では陣痛がきたら思いっきりいきんだ。目はつぶらず、頭を起こし、腹筋に力を入れる感じでと助言いただく。これは陣痛に耐える時間を考えると、ゴールデンタイムだ。

「そうそう!その調子!」「頭が出てきたよー」と声をかけてくださるたび、ゴールが近づいているのを感じる。

赤ちゃん大きめなので、切りますね?

と言われ、「お願いします」

「次くらいで出そう!」と言われ、嬉しくなり最後を思いっきりいきむ。でもまだ出ない。続けて3回ほど連続でいきむように言われる。先生は私のお腹をぐーっと押しくれた。3回目にいきんだ後、ニョロニョロ〜っと言う感覚で赤ちゃんがお腹の外に出された。と同時に元気な産声を上げたのだ。

安堵とともに全身の力が抜けた。

「あー良かった」

すぐにカンガルーケアをしてくれた。赤ちゃんは私の胸で元気に泣いてくれた。

感動の涙というより、赤ちゃんも私も無事で良かったと言う感覚。赤ちゃんが頑張って出てくれただね。
コロナの関係上、立会いはできず、夫はリモートで見守っててくれた。時々、声をかけてくれたのが嬉しかった。

出産というのはまさしく壮絶な体験だった。

今言えるのは、次の出産は無痛分娩でお願いしたい。笑

出産後は、会陰切開の縫合。これがめちゃくちゃ痛かった。なんせ麻酔なしでたから。縫合後、しばらく休んでから食事をとるように言われたが、吐き気でそれどころではなかったので、吐き気どめの点滴を投入し1時間後に食事が食べられた。その後、トイレに行ったけれど尿は出ず、導尿することに。色々と落ち着いたので、車椅子で自室に戻った。その晩から母子同室だと言われたが、とてもじゃないけどお世話できる体調ではなかったので、その日は預かってもらうことに。

そんなこんなで5日間入院し、無事に退院となりました。
夫は私と娘にそれぞれ花束を渡してくれました。
「よく頑張ったね」
その言葉を聞いて、涙腺崩壊。やっと出産後に泣くことができました。張り詰めていた糸が一気に切れた感じで。やはり家族の存在は大きい。これからは3人で新しい生活が始まるけれど、この人となら絶対大丈夫だと、心底思った。

出産から1ヶ月が経ちました。出産したことに浸る間がなく、育児がスタートして、てんやわんやの日々でしたがやっと1ヶ月。過ぎてしまえば早いものですが、渦中にいる間は、大変でした。笑 

1ヶ月検診も何も異常なく、すくすく大きくなっています。顕微鏡受精でできた子でも、何の問題もなく育っていくんですね。あの頃、自然に妊娠できることにこだわっていた自分に言いたい。「大丈夫だよ」ってことを。

はじまりは終わりの始まり。
いつかは別れがくるって思ってしまう。だから今を大切に過ごしていこうと思います。

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