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スターダストホリック【短編小説】


一度見たら忘れられない、店主が作った星屑を

欲しくて欲しくてたまらなくなったら

あなたはもう「星屑中毒」このろうそくの虜。


こちらの世界の食べ物を口にすれば、
モノが発する声を聞くことができるようになる

いつかドワーフのレリオンがそんなことを言っていたなと思いながら
店主は便利屋が作っていった卵サンドを口に運んだ。

店主のおばあちゃんのサラは、こちらの世界ではずいぶん慕われていたようで。あのサラの孫が星屑を作っているという噂はすぐに広まった。

ところが今の店主には、ほとんど魔力がないようで
魔法使いの第一条件と言われている相手の考えを読む力さえ目覚めていなかった。


そんな店主でも、星空の出来栄えはかなり評価をされていたようで。
そのうち星屑が空に立ち昇って行く様子を一目でも見ようと、ろうそく屋の周りに様々な生き物が集まってちょっとした揉め事が起きたり、桜の時期などは宴会をする生き物も出てきた。

その度にイライラした便利屋が生き物たちに帰るよう呼びかけるが、また数日後には物陰にひっそりと息をひそめている生き物が出てくる。
その様子が店主は恐ろしくて仕方なかった。


「全く。この世界の生き物は何を考えてるんだろう。夜空は雨が降らなければ毎日どこからでも見れるはずなのになんで怒られてまで見たがるかなぁ」

今夜も、外に集まった生き物に低姿勢で帰るよう説得をしてきた便利屋が
大きなため息をつきながらタバコの煙を吐いた。

店主は、匂いを吸収しやすいロウのあるこの部屋でタバコを吸われることが大嫌いだったが、自分の代わりに生き物たちとやり取りをしてくれている便利屋に文句を言う気持ちにはなれなかった。

外は快晴。
今宵も、店主の作った大きなグラデーションキャンドルがろうそく屋の前にあるウッドデッキに並び、火が灯されていた。
ゆらゆらと炎が揺らめくと、そこから立ち昇る小さなきらめき。

キラキラとした星屑がキャンドルの炎から浮かび上がると、それらは周りのきらめき同士で混ざり合い、1つの大きな渦になって空へと昇って行く。


確かにそれは、不思議で美しい。

この、出来立ての星屑を一目見ようと、様々な生き物が代わる代わる訪れてきた。

「見物料でも取ろうかな…先代の時もこんな感じだったの?」

「そういえばサラが星空作りを受け継いだ時も、珍しさで人だかりができておったなぁ」

窓際の席で、お気に入りの木の芯のろうそくに火を灯しながら、ドワーフのレリオンが言った。

「まぁ、10年もすれば皆、飽きるじゃろう。サラは集まる生き物に草刈りをさせたり、薪を割らせたりとこき使っておったわい」

10年って!と、便利屋は大きな声を上げた。
この世界の生き物は数千年生きる者もいる。そのうちの10年ならほんの一瞬の事なのかとも思ったが、とても我慢できるような期間ではないと彼は言って、ソファーに寝転んだ。

と。
店主は無言で立ち上がりいつものようにろうそくを作り始めた。


有能な魔法使いだったサラの孫にあたる店主が秘める魔力は、おそらく素晴らしいモノだろうと国王ギンガは思っていた。
息子である便利屋を側に置き、護衛もかねてその目覚めを見守っているのは極秘の事項で、店主本人はそれほど自分がこの世界で重要視されていることに気づいていなかった。

便利屋の報告では、特定の条件下でキャンドルを灯している時と、キャンドルを作っている時に稀に入るトランス状態の時に微力な魔力を検知できたとの事。
どれも、店主の感情や精神状態が大きく作用するようで、特にトランスに入った時は数日間飲まず食わずの不眠不休でろうそくを作り続けるようだった。

魔力が不安定な店主にとって、その状態は毒に当たる。
そのため、便利屋はそうなった店主を見つけ次第、彼に食べ物を与えて休憩をするよう呼びかけ、その状態を解くのが影の務めだった。


「まだやってたの?もう朝なんですけど…」

先ほどソファーに寝転んだ便利屋は、そのまま寝てしまったようで気が付くと窓の外は明るくなっていた。

数時間の間に、作業台には新しいキャンドルができあがっていた。

「なにこれ、おいしそうだね」

眼鏡をかけ直しながら、便利屋が言うと「食べられないよ」と店主が笑った。


店主は自分にできる事は何か考えていた。

人も嫌い、誰かと関わることも嫌い。
自分が嫌な事を代わりにやってくれる便利屋の助けになりたかった。
とは言っても、彼にできる事はろうそくを作る事だけ。
気の利いた言葉一つを口にすることもなぜかできない。

だったら作るしかないんだと、店主は透明なロウを溶かし始めた。
「僕が大好きなものを形にする」
誰にも聞こえない声でそうつぶやくと、何かのスイッチが入って普段とは少しだけ目の色が変わる。

店主は透明なロウの中に、自分の作った星屑たちを閉じ込めた。
他の誰にも真似できない不思議な力を使って。
『わたしたちはいつでもそらのうえにいるよ』
店主にだけ聞こえる声が作業部屋に響いていた。

数時間、店主は星屑との会話を楽しんだ。
おいしそうだねという便利屋の声で我に返り、いつもより楽しい気持ちでスイッチが切れる。


トランス状態から解放された店主を確認した便利屋は、その小さな宇宙玉のようなろうそくを手に取って、様々な角度からそのきらめきを堪能した。
本当に、美しかった。

「明日からこれを配れという事で?」

小さなライトを出して、他の小さな宇宙玉を照らしながら店主に聞くと彼はこう答えた。

「1つ650円で。ちゃんと売ったら半分は報酬にするから」


end

その夜は、ろうそく屋の前にある大きな桜が満開で、たくさんの生き物が桜の木の下に置かれたキャンドルの灯りを楽しんでいた。

真夜中に咲く桜は濃厚で生暖かい空気を纏い、月明かりに照らされた花の間を小さな星屑がキラキラと舞っている。

ろうそく屋の気まぐれで開かれるその夜会は、もちろん見物料ありの予約制。代わりにおいしい食事と酒がふるまわれた。


『約束を守らないと、2度と星屑を作らない』

店主がそう言っていると言いながら、便利屋はキラキラとした小さな宇宙玉を売り続けた。
そのろうそくを見せるだけで、これまで悪態をつくだけだった生き物たちはなぜか大人しくなって帰って行くようになった。
きっと不思議な力が宿っているんだろう。

また、その宇宙玉を手にした者は何かに取り憑かれたように、店主の作るろうそくの虜となった。

小さな宇宙玉に火を灯すと、まるで星屑が舞っているように透明なロウの中がキラキラと動いていたそうで。

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