生きること繋がること | REIWA 47キャラバン#39 in群馬

生きること繋がること | REIWA 47キャラバン#39 in群馬

ふーた。


2021年2月上旬、私と一人の青年は高橋博之氏のREIWA 47キャラバンに同行した。この旅でつながった人や自然は、さまざまなことを気づかせてくれた。

REIWA 47キャラバンとは
2021年3月11日に東日本大震災から10年を迎え、コロナという新しい局面に向かう今、人間中心主義の果てに失った「つながり」そして「生きる」とは何かを問う旅。それが高橋博之氏が47都道府県を巡るREIWA 47キャラバンである。2011年3月11日に起きた東日本大震災。何もなかったことにはしたくない、高橋博之氏はその一心で動き続ける。

これを読んでいる誰かも一緒に想像して何かを感じてもらえるように、特に印象に残った時のことをなるべく鮮明に、細かく記します。
この記録を読み終えたとき、一人ひとりの心に、小さくとも確かなあかりが灯りますように。

yotaccoと上野村

群馬県高崎市から高速道路に乗り、山道を抜けて着いた上野村。道の駅で待ち合わせをしてcafe yotacco兼ゲストハウス兼よたっこ黒澤さんのお家へ向かった。「よたっこ」とは上野村の方言で「いたずらっこ」のこと。
焦茶色の木造建物の横をいくつか通り、クリーム色の元気な犬に歓迎され家の戸をくぐった。丸く編まれたオレンジ色の灯りと、木の香か何かの香に包まれて落ち着くと、おっかあ(黒澤さん妻)が静かに迎えてくれた。オレンジ色の灯りに照らされて何かの影を写す障子、作業台の上に置かれた工具や木片、高い天井にできた蜘蛛の巣が目に入る。私たちはよたっこ夫婦の出会いや上野村のこと、暮らしぶりを聞いた。ほっぺを赤くしておきたばかりの赤ちゃんとおっかあに別れを告げ、畑を案内してもらった。

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あだぁ〜起きたのぉ〜と猫なで声の高橋さんと、お二人の穏やかな笑顔がほっこりする一枚。(左からおっかあ、赤ちゃん、黒澤恒明さん、高橋博之さん)

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移動販売でトラックに積む小屋も見せてくれた。手作りだというから驚きだ。cafe yotacco(実店舗)は現在休業中で移動販売やイベント出店をしているそう。

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四方を山に囲われているこの地形では、大型機械を使った大規模な農業は向いていないと語る黒澤さん。しかし、上野村は生き物が生きるにはいい環境で、猿熊猪鹿など日本の本土にいる動物は全部いると言われているらしい。ここはあまり雪が降らないから寒い、朝起きて家の中が凍ると絶望すると話してくれた黒澤さんは、川が凍らなくなったことも教えてくれた。また、2019年の豪雨では山肌が崩れ、ちょうどあそこに見える家は土砂に飲まれたと話してくれた。
上野村は移住者が2割近く、同級生は村に半分はもちろん残っていないという。

事象を述べる

車で少し山を登ったところにある畑も案内してくれた。「冬が明けると今見える山は緑に染まります」そう言う黒澤さんの顔は晴々して見えた。私は目の前の山を眺めて、四季を感じる暮らしなのだろうと想像した。
黒澤さんや高橋さんが土を触る。私も土を触った。乾いた表面のすぐ下は湿っていて、握ると形が残り崩すとほろほろと解ける土だった。「山土は野菜の栽培には向いていないと言われるが、農薬は不使用でほとんどの野菜が無肥料栽培です。使う家もあります。」

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「自然栽培だとか美味しいとかそういう言葉は使わない。人によって違うし、ただ事象を淡々と述べる。」飾らない黒澤さんの言葉は自然で、どこか強さを感じた。

「ポケマルは手間もかかるだろうが、使っていてどうですか」と青年が聞く。「声が聴けるというのはやっぱり嬉しいですね。安い言葉になっちゃうかもしれませんが、本当に励まされるんだなぁというか...」はにかむような笑顔で応えるよたっこ黒澤さん。私はまだ土を触っていて、見上げるようにその顔を見ていた。

暮らすために暮らす

「農業をしているというのも違うんですよね。必要な人と交換する。暮らすために暮らす。」黒澤さんは確かな口調で言った。どういう意味だろうと思った。黒澤さんの暮らしは自然そのものなのだろうか。必要なものを然るべき時に自然から借りるような感じだろうか...変化の少ない人工物に囲まれて生活している私にはその感覚はなくて、具体的にイメージが湧かない。

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「隣乗ってもいいですかー!」「いいですよ〜」こんな会話が嬉しい。乗せてくれた軽トラで見つけた白インゲン。カラカラと音がする。そこでのお話は、よたっこ黒澤さんの人との向き合い方の一つが伝わるお話だった。駐車場で自家焙煎のコーヒーをいただいた。程よい酸味が美味しくてあったかい。次会った時に話してくれるという白インゲンを手にお別れ。きっと私は白インゲンや軽トラ、関連する何かでよたっこ黒澤さんを思い浮かべる。

“何にもない”といわれるような山の中で、自然を相手に楽しい遊びを創りだす天才たち。遊ぶように楽しく仕事を創り出してゆこうという意志を込めて名付けました。-by yotacco 
よたっこ黒澤さんやその暮らしをご本人の言葉で知ってほしい。

自然にお邪魔する感覚は今の私にはほとんどない。自転車で4年間世界を旅した黒澤さんの見る上野村の四季はどのようなものだろう。あの笑顔はどこからくるのだろう。「暮らす」という言葉にどんな意味があるのだろう。
ポケマルでよたっ粉きな粉を頼んだら、素敵なポストカードが添えてあって、ほっこりして、きな粉の香りで落ち着いた。22の小娘にはまだまだ知らないことわからないことがたくさんあて、知ろうとしないとわからないまま。今度はコキ使われにいきたい。

Ishii Made Original と昭和村

キャラバンを終え、次の日に向かったのは昭和村。昨日とはまた違った景色だった。雪!!!はしゃいで手に取ったが後悔、さむい。
石井さんは群馬県昭和村でこんにゃく芋を育てて、手作りで加工もしている。石井さんのお話によると、昭和村は耕作が盛んで耕作放棄地が0だという。石井さんの言う通り群馬県昭和村公式HPを見てみると「やさい王国昭和村」「こんにゃく芋生産量は日本一」「日本で最も美しい村」などの記載がありとても魅了的。しかし、あまり知ってる人いないんじゃないかな?とのこと。

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(左から石井邦彦さん、高橋博之さん、石井萌さん)

こんにゃくの香りは3年かけて

「こんにゃくは工業製品だと思っている人が多いからね、野菜からできてるって多くの人に知ってもらいたい。」と石井さんは語る。
こんにゃく芋は生子(種芋、赤ちゃんの段階)から収穫までに3年かかる。生子は中指程の長さ・直径1.5cmくらいの棒状で下部に少し膨らみがある。その生子を植えては採ってを2年繰り返して3年でやっと収穫できるという。下の写真がこんにゃく芋。

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こんにゃく芋の大きさごとの仕分け、倉庫、こんにゃく加工を見せてもらい、規模の大きさに驚いた。「前までジャズだったけど柔らかくなった気がして、クラシックにした」大きい倉庫にいるこんにゃく芋たちは音楽だって聴く。こんにゃく加工の部屋ではこんにゃく芋の香りに包まれた。こんにゃくはこんな香りなのかと感動。こんにゃくの作り方は初め、師匠(親戚が趣味で作っていた)に教わったという。「楽しかったなぁ」という石井さんが印象的に残っている。

作ること届けること

「こんにゃくって地味じゃないですか、色とか見た目とか!こんにゃくは脇役の脇役みたいな。でも、うちのこんにゃくは、食べたら主役級に美味しいと思ってるから!」「美味しいこんにゃくを食べてもらいたい!」

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(左からフリット、バター炒め、刺身、味しみこんにゃく)
美味しくてニヤニヤ。市販のグレーで艶々のこんにゃくしか食べたことがなかった私。こんにゃくの概念が変わる。香りと食感が市販のとは全く違って芋を感じた。給食の味噌田楽が苦手だった私にとって衝撃で、まさに主役級の美味しさ。ご馳走様でした!

「こんにゃくの穴はたまに苦情案件になるんですよ。大きすぎる穴はアレだけど、でも、うちは完全に手作りでやってるから、そこをわかってくれない人には売らない!」石井萌さんが言う。「いいんですよそれでぇ〜!」高橋さんは笑って頷く。

こんにゃくだって自然の賜物。IMOのこんにゃくは、作り手がいる。

届け、ふたつのプロジェクト

壁に貼ってあったポスターのプロジェクトが素敵だったので紹介させて欲しい。「口内環境チェンジプロジェクト」と「TEN to TEN project」どちらも石井さんの想いが詰まっている。

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口内環境チェンジプロジェクト:世界中にいるむし歯で苦しむ子供たちをこんにゃくで助ける!
発端は20代の頃石井さんが南米ペルー・キターレ島を訪れたこと。そこで石井さんは虫歯になって歯がない子供と出会った。キターレ島で暮らすその子の民族は観光客からお菓子をもらっていたが、歯を磨く習慣がなかったのだ。この状況をこんにゃくで助けたいという想いでプロジェクトは始まった。
現在試作品を製作中でいくつか試食もいただいた。高橋さんは「味いけるよー!!見た目は猪肉かと思った」とにこり。私も美味しいと思った。ちなみに邦彦さんはなかなかの高得点をつけるも、萌さんは30点と厳しめの評価だったらしい。

TEN to TEN Project:SNS,YouTube,ブログなどを通して、お客様が点でしか知り得なかったことを線にすることで繋がりを作り、畑や商品のファンになってネットショップのヘビーユーザーになっていただく!
これもまた素敵。こんにゃくはこんにゃく芋からできていることを知らない人がいる現状に、できることから試していく前のめりな姿勢に惹かれる。とても仲良しなお二人の目指す、こんにゃくの未来はきっと明るい。

キャラバンで吠える

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これまでのレポートでも高橋さんの言葉は記されていたが、自分が心揺さぶられた高橋さんの二つの言葉と、感じたことと考えを書きたい。

「ポケマルは売らない」

「ポケマルは売らないんですよ。言われるんですよポケマルも売ってくれって...でも」
ポケマルはクレーム処理の窓口を設けておらず、売る側の声も買う側の声も直接届く。売る側からすれば窓口があったほうが楽だし傷つく心配もない。でも高橋さんは、もし窓口を設けてしまうとそれは「間」となり、顔の見える関係から遠ざかってしまうと語る。

「自分で売れるようになってほしいんですよ。」

ーポケマルは人も自然もタダじゃ売らないぞ、と言われているようだった。悔しさや不安には寄り添うから、自分でやった時の喜びを感じて自信を持て。弱くなるな。そんなふうに聡されている感覚。「誰も取り残さない」「尊厳」そんな言葉が思い浮かんだ。

「意味あっからぁ...!!」

あるお百姓さんは、これまでのことを涙を交えて話してくれた。「2019年の豪雨で被災し近くの家が押し潰されて、雨の中消火活動をした。このまま生きていけないのではないかと思った。食べ物を作る意味がわからなくなった...高橋さんの話が、日々感じていたことをそのまま言語化してくれて...勇気づけられました。」間を持たずに「意味あっからぁ...!!」高橋さんの迷いのない声が響いた。

ー 繋がることで生まれた瞬間だった。では、繋がるとはなんだろうか。繋がることで何が生まれたのだろうか。

生きること繋がること

キャラバンは、オカネやヨノナカのゴウリセイには替えられない本物の価値があると私は感じた。合理性を追求してきた今までの世界で、見落としているものはないか。そこにお金も生み出す企業としてやることの本物の価値を、高橋さんは体現していた。

私から見ると、高橋さんは颯爽と現れて颯爽と去っていく。しかしそこには物寂しさを感じない。何かに突き動かされるように次々と進んでゆく。

このキャラバンでは、訪れた人同士が本音で語らい、日々募る想いを吐露して、互いに耳を傾けていた。何かを共有していた。何かというのは、時間や空間、苦悩や不安かもしれないし、喜びや安心かもしれない。何かはわからない、でもそのよくわからないものを共有できた時に、一種報われる感覚、自分が認められている感覚が得られていたように思う。
目に見えないものまでも共有することでお互いが自分の一部となり、自らが認められていることを自覚し、生きることに潤いを感じてまた進むことができる...。それが生きることの本質、つながることなのだろうか。

世直しは食直し、俺についてこいと言わんとする背中。私が見たものは想像ではなく本物だ。ずっと探していた、諦めかけていたもの。今動けばこの世界はきっとまだ大丈夫なんだ、そんな一筋の確かな光を見せつけられた。嬉しさと悔しさが込み上げる。忘れちゃいけない。

「繋がることで、生きてゆける。」
「気づいた人から、行動するしかない。」
「みんなで生きることを、諦めるな。」高橋さんに言われた気がした。

私はこの世界で生きることに無力感を感じることがよくある。だからこそ光を見失わないように、自分の場所で行動しなければいけない。最近は希薄だった繋がりを意識できて、勇気づけられて、改めてそう思えた。

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(口内環境チェンジプロジェクトの試食品を味わう高橋さん)

最後に、キャラバンに同行する機会をいただけたこと、お世話になった訪問先や少しでもお話しできた方々、本当にありがとうございました。またどこかでお会いできる日を楽しみにしています。厳しい寒さが続きますが、どうぞご自愛ください。
高橋あかり

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