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若者も負けたもんじゃない。

自分が若者だから気になるのだろうか。最近ニュースやコラムなどで

「いまの若者は夢が無い」「本気で何かに取り組んでいる事があまりない」

と言われる事、書かれていることが多い気がする。本当にそうなのだろうか。

以前、友人4人と大阪の梅田のウメキタ広場で缶チューハイを飲みながらまさに青春というのはこうゆう事を言うんだろうと思いながら気持ちよく喋りながらお酒を飲んでいた。

そんな時である。社会人の男女二人組がポッキーを一箱持って僕たちにこう言った。

「今、ポッキーを一本500円で配っていて、もし買ってくださったらわたしの夢を皆さんに聞いて欲しいんです。」

酔いも多少回って気持ちく飲んでた僕たちは、じゃあ聞いてあげようと500円を皆んなで出し合ってお姉さんの話を聞くことにした。

お姉さんの話を簡潔にまとめる。

彼女はバックパックで世界一周をしたいらしい。彼女の世界一周の話を聞いた誰かが少しでも旅に興味を持って欲しい。

でも周りに世界一周したいと言うと親や友達からは女の子1人じゃ危険だしやめた方がいいと言われ大反対される。

なのでいきなりバックパックで行くのは周りの意見を納得させるのは大変だから、居酒屋とかによく貼ってある船で行く「ピースボート」で世界一周してからバックパックで世界一周に行って段階を踏んで行きたいんです。と言う話の内容だった。

文面で姉さんの話を完全に表現するのは難しいが、お姉さんの話を聞いて、彼女が本気で世界一周に行きたいという熱意は正直僕たちに伝わってこなかった。

少なからず僕には全然伝わってこなかったし、皆んなで出したにもかかわらず500円を無駄にしたとも感じた。

偶然とはこうゆう事を言うのだろう。偶然にも友人の1人がピースボートで大学を休学して実際に世界一周を経験していた。しかも、もう1人はTABIPPOという旅にフォーカスを当てた団体に所属し、団体の運営に世界一周した友人と本気で取り組んでいる。残りの1人もその団体が主催している、選ばれたら世界一周できる航空券がもらえるコンテストに本気で取り組んでいる。

要は皆んな今本気で何かに取り組んでいてる人たちなのである。


冒頭の話に戻す。

「最近の若者は夢が無い」「本気で何か取り組んでいる事があまり無い」

本当にそうなのだろうか。少なからず僕の友人は本気で何かに取り組んでいる。

僕は夢の明確度は人それぞれでいいと思っている。

夢という言葉は抽象的で夢って定義する基準は人それぞれだから、自分なりに本気で何かに取り組んでいれば、自分のやりたい事・やりたく無い事が明確に見えてくると思うし、やりたい事が見つかればそれは夢に繋がっていくことだと思う。

最近はあまり報道されないけど、毎年就活の時期になると「最近の若者は」とか「ゆとり世代は」から始まる枕詞のように若者についての報道が多い気がする

僕の周りの友人(若者)は本気で何かに取り組んでいる人が多いし、取り組んでいることはなんでもいい。メディアが「若者は」とか報道する世間の圧力が、若者のやる気であったり情熱を奪ってるんじゃないのだろうか。

今の若者はそんなんじゃない。必死に一人一人本気で何かに取り組んでいる。なのにメディアだったり、インタビューに答える人たちは夢がないとかやる気がないと口を揃えて言う。

大人達へ

今の若者は本気です。夢も本気で取り組む何かもみんな持っています。若者が本気じゃないともう言わないでほしい。そんな大人たちこそ本気で何かに取り組んでること、夢はあるのか。
若者をもう子供扱いをしないでほしい。僕たちはもう大人が思ってるほどそんな子供じゃない。

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