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『ドライムーン』

ドライムーン①

夏と冬だけこっちにいるいとこは、ドライムーンを作る。
池に映る月を大きな平たい網ですくうと、月が花びらの様に残る。それを乾燥させ砂糖でコーティングするそうだ。

砂糖の結晶に包まれた月の欠片は、檸檬色の半透明。霜のおりた蕾に似ている。
薄い層が重なってできていてる欠片は、口に入れるとぽしゃりと崩れる。破片は、口の中で柔らかく溶けていく。

炭酸水に入れるのもおすすめ、といとこ。

炭酸の泡立つグラスに半透明の欠片を落とす。グラスを窓辺に置いた。月光が射しこむと本来の味が一層でるそうだ。
透明な炭酸水の底で、薄い層が離れていく。花の咲いた形になれば飲み頃だ。

グラスを片手に、二人でベランダへ出た。
いとこはジンで割ったドライムーン。俺は炭酸割りを飲む。泡が微かに音を立てる水面から、夜露の甘い香りがする。ミントの葉も加えると、すっきりとした。

手すりにもたれると、風が吹き上がった。
星屑をリサイクルした街灯で、家並みが浮かび上がる。遠くにネオンで縁取られたビルの峰。
硝子のような夜空には、月だけが残っている。

今度戻った時は炭酸じゃなくてお湯にしよう、といとこ。冬はおなかが冷えるから。
お湯だと甘いのがジャムみたいにとろっとするらしい。
その時は生姜を入れてみようと思った。

ドライムーン②

疲れているのに眠れない時がある。

ベッドから出て、キッチンに立った。水を入れたやかんを火にかける。
ドライムーンをマグカップへ。お湯を注ぐと、砂糖の結晶があえなく溶けていく。

いとこは引っ越した後もドライムーンを送ってくれた。
箱で送られてきたドライムーンはまだたくさんある。

マグカップに、おろし生姜を加える。ラム酒も少し。
大人になっても酒はあまり飲めないけれど、子供の頃から食べているドライムーンで割ると飲みやすかった。

マグカップを持って、ベッドに上る。電気を消し、ベッドの横の窓を開けた。冷えた空気が部屋に流れこむ。毛布をかぶり、月明かりの下マグカップで両手を温めた。

ラム酒の香りが、夜の静けさと交わっていく。

空は透明で、そのままの宇宙が透けている。
光も音も、月に吸いこまれていく。
じっと見ていると、部屋もベッドも消えて、自分の身体が月に引かれていく気がした。

手元の檸檬色の欠片が、花開いた。縁に口をつけると、とろりと甘い。生姜の温かさがしみて、身体がほどけていく。

真っ白な湯気が、宇宙の闇に消えていくのを眺めているうちに、
いつの間にかマグカップを置き、ベッドにもぐっていた。そして月に引かれるように眠った。


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月を食べたり飲んだりしながら、月見したい。
いい夢が見られそうなnoteの写真を飾らせて頂きました。

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