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田村くん
CHOT FRESINO
高校の同級生に田村くんという
クレイジー・ガイがいた。
身長は165cm以下とやや低く、ツヤのあるぽってりとした唇、短く整えたくせ毛、浅黒い肌、濃くて長い睫毛をしたキラキラの瞳が特徴で、沖縄特有のハイサイオーラを纏っていた。沖縄の人じゃないけど。
分かりやすく言えば、アンタッチャブルのザキヤマを日焼けさせて、少しシュッとした感じだ。
以上の特徴から、あれ?田村くん結構かわいいルック(見た目)してるんじゃない?って思われた方もいるかもしれない。
確かに、どこかマスコットキャラ的な可愛らしさはあるにはある。
しかし、見た目に惑わされてはいけない…
その男、凶暴につき(©︎北野武)…‼︎
田村くんが、小学6年生の時の話だ。
その日、朝から田村くんはそわそわしていた。
遅刻ギリギリに学校に来ると、誰とも話さず自分の席に着き、机の下で激しく貧乏ゆすりをしたり、筆箱から鉛筆を全部出して机に並べては戻したり、窓の外を眺めたりしていた。
明らかに様子がおかしい田村くんを見兼ねた友だちがついに声をかけた。二時間目の休み時間のことだ。
「田村くん、朝から変やけど、どないしたん?」
すると、田村くんがその日初めて口を開いた。
「…今日、遊戯王カードの新しいパックの、発売日やねん…‼︎」
な、な、なんと!!(楽天カードマンのCM風)朝からの田村くんの不審な行動は、すべて遊戯王カードの新しいパックが欲しいが故だったのだ!!
もし学校が無ければ、今頃は新しいパックを手にしていたのにという悔しさや、早く買わなければ、いいカードが買われてまうという焦りや不安もあったに違いない。
田村くんはその日六時間目の終わりまで、抜け殻のように学校をやり過ごした。
ホームルームが終わると同時に、田村くんはランドセルを掴み、家までダッシュで帰った。
玄関のドアを開けると、靴箱の上の財布を取り、ランドセルをボーリング投球。キャッチ・アンド・リリースだ。
そして、チャリ(自転車)に跨がると、コンビニ目指して全速力で漕ぎ出した。
家に着いてチャリを漕ぐまで、かかった時間実に2秒。
途中、大きな下り坂に差し掛かった。
この坂を下ってすぐコーナーを曲がり、直進すると目的地のコンビニだ。
田村くんはというと、ノーブレーキで坂を下るという奇行にでた。
もちろん、競輪選手のピスト(競輪用競技車)のようにブレーキが無いわけではない。
それではなぜか?答えは単純明快、オフコースそっちの方が''早い"からだ。
1分1秒も惜しい、1秒でも早く遊戯王カードを手に入れたいのだ。
朝から行きたくもない学校に六時間目まで拘束され、遊戯王カードを買いに行きたいという、とてつもない衝動を抑圧されていた田村くんを縛るものは最早何もなかった。
あらゆる縛りから解放され、自由を手にした田村くんは今や「アンストッパブル田村」と化してした。
ノーブレーキで(なんなら坂だけでも十分過ぎる速度が出るのに、それにプラスで全速力でペダルを漕ぎ、さらに速度を上げていた)坂を駆け下り、速度を維持したままコーナーを曲がった。
チャリがオーバーヒートするギリギリのラインを攻めていた田村くんの走りは他の追随を寄せ付けなかった。
コーナー直前でブレーキをかける人と、瞬足ばりにコーナーで差をつけた。
しかし、そこで(田村くんにとって)予期せぬ問題が発生した。
コーナーを曲がってすぐの狭い歩道に、2人の歩行者がいたのだ。しかも広がって歩行していたため、とおせんぼ状態だった。
1人は、スーパー帰りの主婦、もう1人は手押し車を押しているおばあちゃんだ。
良識ある普通の人なら、なんの迷いも躊躇いもなく、即座にブレーキ&ストップだ。
しかし、流石はディーン(クレイジーの意)・タムラである。一般人とはひと味もふた味も違う。
コーナーを曲がって、歩行者を目視し、通過するコンマ2秒の間で頭のネジが確実に3本はハズレている田村くんが思考したことは、
「どっちを轢くか?」
だった。
普通の人なら「止まる」一択だが、田村くんは、せっかく坂でええ塩梅に維持している速度をここで無下にしたくはなかったのだ。
端からそんな選択肢はアウト・オブ・眼中だ。
コンビニは目と鼻の先やし、なにより遊戯王カードが早く欲しかったのだ。
仮にこの「轢く」という田村くんの選択肢にのったとして、皆さんならどちらを轢くだろうか?聞くまでもない。
もちろん「買い物帰りの主婦」だ。
今みたいに、自転車も保険に加入することが義務付けされてなかったし、小学校でも何度か小学生と老人の事故で、老人を死なせてしまい何千万円もの慰謝料を支払わなければならなくなったという動画を見せられた。
もちろん自転車で人は轢いてはいけないし、ましてや老人となると、もしものことがあれば確実にヤバイ…ヤバ過ぎる。超ハイリスク・めっちゃローリターン。
おばあちゃんを轢くなんて、外道にも劣る卑劣な行為、ダメ。ゼッタイ。
「轢く」をチョイスすること自体、間違っているが、主婦かおばあちゃんの2択なら、迷わず「主婦」だ。
普通免許の試験みたいにいやらしいひっかけ問題じゃない。超絶イージーな2択問題だった…のはずだった…。
田村くんはおばあちゃんを轢いた。
それはもんのすごいガッツリ轢いた。
ネイティブ・アメリカンの教えに「セブンスジェネレーション」というものがある。
「どんなことを決める時でも、7代先まで考えなくてはいけない」という意味で、現代の環境問題に警鐘を鳴らす時に使われることが多い。
今行っていていること(行うこと)が、7代先の子孫にどんな影響を与えるかまでを考えなさいという教えなのだが、田村くんには7代先なんてそんな遠い将来まで考えろとは言わない。せめて、せめて30秒先、いや7秒先のことを考えて行動して欲しかった。
後日、主婦ではなく、おばあちゃんを轢いた理由を伺ったところ、
「主婦を轢いて、スーパーの袋に入ってる野菜とか、玉子割って弁償させられたらカード買われへんやん。」
と、なにを当たり前のこと聞いてん?顔で答えてくれた。
田村くんは、顔の前に人参をくくりつけられたロバのように、常に目先のことしか考えていないのだ。
話を戻そう。
田村くんは、おばあちゃんを、老婦を、老女を、おババ様を、呼び方はなんでもいい、轢いたのだ。ありったけの助走をつけて。
おばあちゃんはというと、飛んだ。
それはもう、すごい飛んだ…らしい…。
しかし!奇跡が起きた。
飛ばされたおばあちゃんは空中でクルッと一回転し、内村航平ばりの完璧な着地を成功させた。
そして、手押し車を押していたとは思えない軽快なステップでステステと近づいて来て、文句を言うのかと思いきや、
「あんたどこ中の誰!?」
「いやいや、ヤンキーの喧嘩やないんやから!」とツッコミを入れたくなるところだが、遊戯王カードが一刻も早く欲しい田村くんは
「えのき中の小島!!!」
と吐き捨て、颯爽とコンビニへチャリを走らせた。
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