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withコロナとタトゥイーンの酒場についての断想

 何はともあれ、withコロナやらポストコロナやらである。無人の東京の光景は、異星人の到来や核戦争ではなく、極小のウイルスによって成し遂げられてしまった。

 残念なことに、私はまだ電車に乗って会社に行く機会が非常に多い。少し空いた電車に揺られ、あたりを見渡すと、マスク、マスク、マスク、マスク・・・一様に皆マスクをつけている。もちろん私ももれなくつけている。

 座席に座った老若男女を左から順に眺めると、不織布マスクもいれば、洗えるマスクをつけている人も、お手製の布マスクをつけている人もいる。以前は白一色だったが、最近はカラーバリエーションも増えてきた。

 マスクをつけて仕事をする時に少々困るのは、相手の表情が十分に分からないということだ。となると、相手から発せられる感情の機微もすくい取れないような気がする。微かに上がる口角、唇の僅かな収縮。口元は意外にも雄弁である。「死んだ魚の眼をした」表情というのは、案外半開きの口によって知覚されるのかもしれない。かくして、人の顔というのは、人間の複雑怪奇な感情を伝える繊細な器官であり、瞬く間に幾つものアクチュエーターが伸びたり縮んだりする精密な機械である。

 顔の下半分が覆われることによる、ディスコミュニケーションについて考える。

ディスコミュニケーション/ dis+communication / 和製英語
意味:意思伝達ができないこと
用例:「最近、飼ってるカメと-----気味なの。理由をご存知?」

すると、私のステゴサウルスほどの不真面目な脳は鈍い光を放ち始め、いつしか私はタトゥイーンの酒場のカウンターにもたれかかっている。

タトゥイーン/Tatooine 「STAR WARS」シリーズに登場する惑星の一つ。
アウター・リムに位置する砂漠の惑星。双子の太陽が昇る。

 薄暗い店内を見渡す。このカンティーナは有象無象の異星人で満ちている。小柄で毛むくじゃらの奴から、角の生えた者、ドロイドまでもが狭い店内でひしめき合っている。私がカウンターで飲み物を頼もうとすると、突然割り込んできたやつが、私に声をかけてきた。大きな眼からは嘲りの眼差しを感じたが、口元を見やると、嘴が丸まったような形状をしているせいもあり、もごもごとしていて何を言っているのかよく分からなかった。すると隣にいた男が「お前のことが嫌いだってよ」と言ってきた。なんて失礼な。私はカウンターを後にすると、テーブルについた。
 緑色の肌をしたエイリアンが声をかけてきた。幸い向こうの言語を解する私は、敏捷に動く頭の触覚に惑わされながらも、会話をすることができた。

 あぁ、でもなんだろうか。この居心地の悪さは。彼の口は獏のように先端が伸びた形状であり、喋る度にそれが、ぶるぶると震える。その機械的な振動を見ていると気分が悪くなってきそうだ。彼が親しみの感情を持っているのか、或いは手持ち無沙汰で声かけてきたのか、よく分からなかくなってきた。
 しかし、相変わらず緑頭の先っぽの触覚のような何かはぴくぴくと動いている。こんな時同じ種族なら意思疎通が楽なのに、と私は溜息をつく。触覚は動き続ける。彼の種族に等しくついているあの触覚は、コミュニケーションツールの一つなのだろうか。考えるとわけがわからなくなってきた。気づくと私は、ブラスターのホルダーの留め具を静かに外していた。

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