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【ピリカ文庫】ホットココア【ショートショート】

ゆうの家にあがりこむようになって、彼はずいぶん甘党なのだと知った。

部屋の本棚の上にはおかしのパッケージがならび、
冷蔵庫にはチョコレートの居場所がきちんと確保されている。

食後にココアをすすめられた時はさすがに驚いたけれど、今ではすっかり慣れてしまった。

「ココア飲む?」

キッチンに立つ優に聞かれ、少し迷ったあとに「うん」と答える。
慣れたはずの質問に、もやりとした感覚が心に浮かんだ。


本当は、コーヒーの気分だったな。


あとから気づいた気持ちを抑えるように、ぐっとソファーに体を沈める。

キッチンから、レンジの低くうなる音がひびいている。
レンジの中では牛乳の入ったふたつのコップがメリーゴーランドさながらに回っているんだろう。
いまさらコーヒーがいいだなんて言えない。


「ちょっと待ってね」

キッチンから聞こえるのんびりとした声。
声を追いかけるようにレンジから音楽が流れた。

彼のつくるココアは格別にあまい。
あまければあまいほどおいしいと信じる彼にとって、ココアのあまさは幸せそのものだ。


「はい、お待ちどうさま」

あまい香りを引きつれて彼がソファーに戻ってきた。
目の前にことりと置かれるマグカップ。
とけ残ったココアのつぶが水面をくるくると回っている。今日もすばらしくあまそうなココア。

「あのね、優君」

手のひらを膝の上でそろえ、きゅっとにぎりしめる。
心からココアを満喫していた彼はマグカップをテーブルに戻した。

「どうしたの?」

優しい声にますます言葉がつまる。手の甲ばかりを見つめてしまう。

こんなことを、言ってもいいのだろうか。コーヒーの方がいいだなんて。
ココアは彼にとっての幸せで、わたしさえ何も言わなければどこにも問題はないというのに。

そっと、手の甲があたたかくつつまれた。
思わず顔をあげてわかった。彼は待ってくれている。人一倍空気が必要なわたしの言葉を待ってくれている。
あまいココアの香りを吸って、ようやく言葉が出てきた。

「あのね、甘いものは好きなんだけど、ごはんの後はコーヒーがいいなあ、なんて。ごめんね、わがままだよね」

ようやく出てきた言葉に、彼は素直におどろいてみせた。

「そうだったの。ごめん、全然気づかなくて……。どうしよう。コーヒー買いに行く?」

ぱたぱたところがる彼の言葉がおかしくて、少し笑ってしまう。


よかった。言えた。それに伝わった。


たったこれだけのことが、ずいぶん心を軽くする。

「ううん、大丈夫。せっかくいれてくれたから」

マグカップを両手でつつみこむ。
さっきまで浮かんでいたココアのつぶは、ほどけてとけてどこかへいった。

「本当に?残ったら僕がもらうから、無理しないでね」
「ありがとう」

そっとマグカップに口をつける。
彼がいれてくれたココア。あまくてあたかかくて、やさしいココア。



・ ・ ・

ピリカさんの「ピリカ文庫」に参加させていただきました!

https://note.com/saori0717/m/mdd63130311b0

名前はよく見るものの、「どこで募集しているんだろう?」とふしぎだったピリカ文庫。
お声がけいただき、ようやく謎がとけました!


今回のお題は「ホットココア」でした。

冬になると、あまいホットココアをよく飲みます。
牛乳をあたためて、粉タイプの森永のミルクココアをどばどばいれて、くるくるまぜて。
あまいココアはわたしにとっても幸せです。

https://www.morinaga.co.jp/cocoa/milk/


以前にも、ピリカさんのショートショート企画に参加しています。

小説を初めて投稿することにかなりびびっていましたが、
コメントで背中をおしてもらえたのがうれしかったです。


ピリカさん、誘ってくださりありがとうございました!


・ ・ ・

2021/11/17追記

ピリカさんのすまいるスパイスで「ホットココア」を朗読していただきました!


声で聞くとまたちがった印象が広がるかもしれません!

朗読のあと、ピリカさんの「深読み解説」がすっごくうれしかったです…!

文庫小説の解説ページのように、
伝えたかったことをぴったりくみとってくれているんです。
(それどころか、伝えたかったことをさらに広げてもらえました!)

「聞く」より「読む」ほうがすきなわたしでも、
「ラジオっておもしろいかも…!」と思わせてもらいました。
お時間あるときに、ぜひ!




たいしたものはお返しできませんが、全力でお礼します!! 読んでくださり、ありがとうございます!