見出し画像

らしく生きるための言葉を創る

さあ、いよいよ「自分定義」の作り方についての本編です。

この章では、
あなたがあなたらしく自由を感じて生きていくための言葉
つまり、あなたルールという「自分定義」をどう創るか、
そしてその作った「自分定義」をどう伝えるかについてお話ししていこうと思います。
長くなる場合はまた区切って次号にとなりますので、気負わずにどうぞ読み進めていってください。


「自分定義」を創るのに必要なこと

では、自分の言葉、「自分定義」を創るのにはどんなことが必要なのでしょうか??結論から最初に話しましょう。

①幅広くモノ事を知ろうとする好奇心
②相手を理解しようと思う感受性
③自分の実現可能な未来の姿(本物のヴィジョン)

の3つだと私は考えています。
それぞれ順を追ってみていきましょう。

①幅広くモノ事を知ろうとする好奇心

幅広く物を知っている人と話すととてもドキドキします。
次はどんな話なんだろう、
どんな風に展開するんだろう、
自分の専門分野外のことまでもたくさん知っている
そんな人は一緒にいると
時を忘れてずっと話し込んでたいと思うほど
ユニークで面白いと私は感じます。

ではそんな人は、
何をもってそのように幅広く物を知っているのでしょうか?

そこに目を向けてみることが大事です。

沢山のものを知っている人というのは、
「好奇心」x 「ノンジャッジ」
なのです。

新しいもの、知らない世界のもの、いったことのない国のこと、
さまざまなことに対して学ぶ姿勢がある
と言い換えることもできます。

学ぶ姿勢があるということは、
相手の話を捉え、捉えたことから更に自分のことを感じ取る
ことでもあります。つまり深く考えることができるということです。

例えば、
自分の知っているものとそれはどう違のだろう?
そもそも似ているのか、全くう違うものなのか?
そして、
その違いがあるとしたら、
どんなことが自分は体験できるのだろう??
その体験をするにはどうしたらできるのだろうか?
といった具合にです。

相手の話をしっかりと捉えることができるからこそ、
更に自分の体験や経験との違いを聞いたり、質問したり
することができるようになるわけですね。

自分のことを感じとって話をするわけですから、
その感じ取ったことは自然と相手の人に話したくなります。
相手の人に聞いてみないと、
自分の感じたことがリンクしたことが広がりを持つのかどうかが
わからないからです。

ここで、自分の中で勝手に完結してしまうと、
幅広く物を知ったことにはならない。


なぜなら、
幅を広げるものの知り方というのは、
相互に良い学びが訪れるものだからです。

相手の話が役立ってその人が感じたことを話し出すことによって
話してくれた相手の人にとっても、
有意義で学び深い時間となることが互いに起きることが必要なのです。

だから普段から、
これってこんなもんだろうと見切ったものの見方をするのではなく、
同じようなものであっても「違いの違い」を探そうとする好奇心
(ジャッジするのではなく違いを見つけて取り込む楽しみ方)を
もって動くことが大事なんですね。

②相手を理解しようと思う感受性

そのときに必要になるのが「相手を理解しよう」とする感受性が
働くかどうかということです。

相手の人の話していることやその状況状態を、
できるだけ解像度高く理解することが求められます。
そうすることによって刺激があなたの思考や想いに加わって、
新しい理解という「モノを知る」ことができるからです。

その時に、
年齢や性別、職歴などは関係がないと思われがちですが、
やはり相手の人に対するリスペクトは必要不可欠です。

つまり仲良くても親しき仲にも礼儀ありということ。
日本語の古いことわざや言葉って本当に的確ですよね。
素晴らしい!!

特に何かを教わりたい相手、面倒を見てくれる人に対しては
目上の方には素直に話し、必要最低限の敬語は欠かせません。

これを勘違いすると、稼ぎや仕事の知名度などで人を測り、
自分を棚上げするような人になってしまうのです。
怖いですねえ😱

私は年下の人から学ぶことがあまりにも多すぎる人生を辿ってきました。
ので、
それゆえに、
年齢性別経歴にか変わらず、教えて欲しいことがある場合には
丁寧に「教えて欲しいです」「よろしくお願いします」という言葉を
添えることを徹底
しています。
場合によっては深々と首を垂れることも必要な時もあるかもしれません。

その人の経験値は、お金を払っただけでもらえるモノではない
とても大切で重要な「希少性」の高いモノだから
です。

逆にこの姿勢が取れないということは、
無感動で自己承認欲求と自己顕示欲の塊の人

ということが明るみに出ていくのも同然だとも思っています。
つまり自分の感覚麻痺を起こしている、
自分が何を感じているかさえ判断できない・わからないという状態の人ですね。

このような状態ではとても話し合いになりませんし、
学びがあるかどうか、言葉の定義を持つかどうかでは到底ありません。

相手を理解するというのは、相手の存在そして人生をリスペクトし
それに相応しい態度対応をすることが求められます。

日本語がわかったから理解できたわけでも、
とにかく賛同したから理解していると伝わるわけではないという点に
注意をしっかり払っておかなくてはなりません。

そうすることによって相手の人があなたの事を想い、
たくさんのことを自ら教えてくれるようになります。

良い師匠につきたければ、
良い生徒になりなさい

とは私の師匠の言葉の一つですが、
本当にそのとおりだと想います。

③自分の実現可能な未来の姿(本物のヴィジョン)

そして最後に、自分の言葉(自分定義)を持つためには、
あなた自身の、
「実現可能な未来の姿」がわかっていることが必要不可欠です。

なぜなら、
言葉は、闇雲に憶えても仕方がないですし、
闇雲に覚えることもできないモノだから

です。

言葉だけ知っていても、使い道がない環境に生きているとしたら
やがてそれは忘れていかれることがその理由です。

何のために、
誰のために、
どうしてあなたは、
その言葉を身に付けたいのか。
そのことを深く知りたいのか。
その知識を得てどのような世界があなたに待っていると考えているのか。

それを熟知していないとなりません。
熟知しているとは、他者に語って聞かせることができるということです。

自分のことがわかっていない人、
自分のことを長所も端緒も認められていない人にはとても難しいことになります。

なぜなら、
その言葉をなぜ言われているのか、自分の状態ばかりを考えているからです。
このような状態の人は周りが全く見えていません。
一見他者のことを考えて思い遣っているようですが、
常に、
自分の承認度合い、自分ができているかどうか、自分にとって良いか悪いかなどを無意識に測率づけているのです。

そのような状態では、
自分がどのような好条件の学びの環境に置かれていても、
良い師匠のそばにいることができていたとしても、
その人の中には学びの「ま」の字も浮かび上がることはないのです。

そうすると、人は「気づき中毒」で終わってしまいます。
いわゆる、自己完結です。
自己完結は、良い結果につながることはほとんどありません。

自己完結の同義語を見つけて行こうとすると、
諦め(言っても無駄、やっても無駄、行動しても無駄、どうせ理解されないなど)が1番大きいのではないかと想います。

自分の人生を詳しくすることを諦めてしまう人は、
人にどんどん流されていってしまうので、
本来の魂の描いたシナリオを生きられなくなります。
怖いですね💦

ちょっと長くなってきたので、
次号では、自分のことを深く知っていくことがなぜ自分定義につながるのかをお話ししていきますね。
ビジネス構築にもとても大切なことなのでぜひしっかり読み込んでみてくださいね^^





ぜひサポートをお願いいたします!サポートの費用は全額クリエーションの学びや今後の活動の為に当てさせていただきます。よろしくお願いいたします。