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ヴァンピールの娘たち Ⅰ-6

幼くして一所不住の生活を強いられたムゥとクゥの姉妹は、小学生に上がると都下で束の間の定住生活を送ることになる。定義上は古民家とされる平屋に住まう一家は、庭を愛でるのに余念がなかった。母は庭に大甕を二つ用意し、そこにメダカを飼うことを所望するが、野生のメダカでないといけないとこだわって、週末に近所の小川でメダカ捕りに勤しむのが一家の習いとなった。釣果空しく日々を過ごしていたのが、ある日姉妹は雷魚捕りの少年らのひとり(クラスメイト)からメダカを分けてもらい、それらは庭の大甕で確実に数を増やしていった。しかしメダカをくれた少年の様子から、学内での自分たちの立場の危ういのをムゥは察して血が騒ぐ。

『ヴァンピールの娘たち Ⅰ-5』までのあらすじ


Ⅰ-6. 納戸に南京錠がかけられ、庭にアライグマが降臨する。そして自警団による攻撃の狼煙が上がる。やがて龍の甕から龍が飛び立つ

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 いつのまにか納戸の扉に南京錠がかけられていた。それではそこが父と母の居室になったかといえばそうではなく、二人の寝起きする部屋は、居間の東側に隣接する八畳間で、うなぎの寝床のように細長いと思われる納戸と壁一枚で仕切られていた。ちなみに姉妹は、居間の南側に続く八畳間を共有した。
 引っ越してきて早々に、二親は部屋を仕切る襖をほとんどすべて取っ払った。襖だけでなく、玄関の土間と居間とを隔てる硝子戸も、部屋とくれ縁とを隔てる障子戸も、仕切りという仕切りはみな取っ払ってしまった。休日の家族は、くの字の棟のなかを、銘々時間帯によって好きなところへヨギボーの一人用ソファを引っ張っていって、読書に耽るやらタブレットで動画を見るやら思う存分ぐうたらに過ごした。そして彼らの疲れた視線の先には、庭があり、梅の木があり、その根方にはメダカの住まう大甕があった。そしてこの家に越して以来、二親は毎日を日曜日のように過ごした。少なくとも父は、一歩も外へは出ないらしく、朝から晩まで同じ部屋着で通していた。姉妹はむろん、気にしない。

 五月の連休が始まって早々、庭に珍客があった。それを最初に見つけたのはクゥだった。
「アライグマがきた! しかも二匹も!」
 ムゥが庭を確認したときには、トコナメの甕の水面がかすかに揺れるのみで、クゥのいうアライグマはどこにも見当たらなかった。父と母に報告しにいくと、ヨギボーに深く埋もれた二人は、本から目を離さずに言下にそれを否定した。
「ハクビシンだろう。マズルが長くて、鼻筋に白い線があっただろう」
「なかった。白いのは、目の上のところとマズルだけだった。マズルも短かった」
「尻尾は?」
「長かった。白と黒の縞模様だった」
 すると父が反応した。本からようやく顔を離し、ヨギボーから上体を上げて訊いた。
「アライグマと判断した理由は?」
「トコナメの縁に伸び上がって、なかの水で手を洗っていたから」
 そのときには姉のムゥはくれ縁の柱の陰に身をひそめ、所有のタブレットのカメラをかまえて庭をうかがっていたもので、クゥが父親の質問に答えるのとほぼ同時に、
「撮ったど!」
 と叫んだ。
 聞いて庭をうかがいに立った父と母にアライグマの姿は認められなかったが、ムゥのタブレットには、ブレながらも、隣家との境の金網を這い上る、もっさりした二頭の獣の後ろ姿が映っており、垂れ下がった長い尻尾には、たしかに白黒交互の帯模様がはっきりとあった。
 狼藉のあとを確認しに庭に降りた母親は、トコナメを覗き込むなり、ひゃっと小さく悲鳴を上げた。どうしたどうしたと一同庭に出てみると、
「メダカが少なくなってる!」
 そういって母は片手で口を押さえ、ワナワナと肩を震わせた。見れば、たしかに魚影の数がめっきり乏しくなっている。
 いまにも泣き崩れそうになる母の肩を父は抱いた。その耳元になにやら呟きながら、去り際に一瞬、父は娘たちに目配せを送り、ゆっくりと母を家のほうへ導いた。ムゥとクゥは見送りながらひと言も交わさず、目交わすばかりで頷いて、周囲を見渡した。それだけで、ここはいったん退いて、真夜中に出直そうと確認する合図だった。

 零時を回ってしばらくは、隣接する低層集合住宅の二階の一室ばかりに明かりがついていて、時折声変わりしたての男の子の罵声が漏れ聞こえてきた。毎日遅くまでオンラインゲームに打ち興じている中学二年生の男の子がいるのだ。その部屋の明かりもじきに消えると、あたりはようよう静まり返った。やがて,クルルルルル……クルルルルル……と甘えかかるような高い鳴き音が足元から聞こえて、隣家との境の金網を越えてくるなにやらもふもふした生き物が二頭あった。金網を両手でつかんで登ってくる様子は、獣というよりもヒトの幼児のようである。
 こちらの庭へ降りてくると、二頭は夜空を仰ぎ見て、鼻をひくつかせて警戒するようだったが、リスクなしと判断した模様で、紅梅の木の根方に置かれた常滑の甕のほうへまっすぐ移動した。アライグマは、鳴くのは子どもだけ。嗅覚に優れるが、視力はすこぶる悪いとは、事前に調べた彼らの特徴。
 一頭が甕の縁に取りついて直立すると、なかを覗き込んで、両手で交互にちゃっちゃっと水のおもてを搔く仕草をする。これまたヒトの子どものいたずらする所作と変わらない。すると、手のひらでぴちぴちと跳ねる小さなものがあって、それをすかさず口に持っていくのが認められた。事この段に及んで、梅の木のてっぺんから飛来して、二頭の獣の背後に音もなく着地する二つの影があった。
 ムゥとクゥだった。
 アライグマらは気がつかない。
 ムゥは頭上にシャベルを振り翳した。そのまま振り下ろせば、狼藉者の脳天を直撃する。アライグマらは気がつかない。ふたたび手を水へ差し入れると、さっと両手を貝合わせにして二匹目を捕獲した模様。それをしもまた口へ運び入れるかと思いきや、甕の縁から降りると、先刻から脇でオロオロしている一頭の鼻先へ差し出して、貝を開いた。すかさず差し出されたほうは舌でひと舐め。よく見ると、ほどこされたほうはひと回り小さく、おそらくは伸びをしても大甕の縁にマズルが届かない。親子とも見えるが、アライグマが鳴くのは子どもだけだから、二頭はハラカラと見るのが妥当だろう。
 ムゥは結局シャベルを振り下ろさなかった。クゥにもその心はわかったから、黙ってムゥのうしろについて立ち去った。二頭のアライグマは、死神がすぐ背後に迫っていたなどとはつゆ知らず、トコナメに続いてピータン甕をもひとしきり漁ってから、夜の白む前に庭を去っていった。
 翌朝、母親に事の次第を訊かれ、「逃げられた」とムゥは報告した。娘の顔をまじまじと見ながら、「キミのその優しさが、いつか仇にならないといいのだけれど」といって母は屈み込むと、ムゥの前髪を指先で払ったのちに、そっと胸元へ抱き寄せた。

 その日から、ムゥとクゥはお小遣いを出し合って、方々のコンビニでメロンパンを買い漁った。アライグマが大のメロンパン好きであるのも、すでにリサーチ済みだった。毎晩一つを半分に割り、その半欠けを、トコナメの横に置いておいてやる。すると、ゲーム少年が寝入ってからしばらくもしないで、庭に闖入する二頭は、まっしぐらにメロンパンに飛びついた。大きいほうが両手を使って器用に二つに割り、一つを小さいほうに差し出す。小さいほうは礼もいわずに奪い取って貪り食う。それを見届けてから、大きいほうも口に運ぶ。以来、二頭は甕のなかのメタガには目もくれなくなり、メダカたちはやがてかつての繁栄を取り戻した。

 五月の連休が明けてほどなくして、ムゥは西側の新築の隣家にクラスメイトが住まうのを知った。越してきた当日に母が近所への挨拶回りを済ませていて、どこにどういう人が住まうか、概要は頭に叩き込んでいたもので、その家に同年輩らしい女の子と幼稚園児の男の子が住まうとはとうから知っていたのに、それが同じ学校に通うとまでは想定しなかったのは、まったくもって迂闊だった。それも、クラスメイトであるばかりか、よりによって自警団長だったとは!
 休日の昼下がりに庭に出て大甕のメダカを覗いていたムゥとクゥは、頭上に気配を察するやいなや、咄嗟にスカートのなかへ右手をくぐらせて右腿に回したガンベルトのベレッタ・ナノに同時に手をかけた。見上げると、隣家のベランダに、スカートのなかをあからさまにしながら、双眼鏡でこちらを見下ろす少女の姿があった。その背後に隠れて、弟と思しき水色のスモック姿の男の子が、こちらはオペラグラスを覗いて同じく見下ろしている。
「アンタたち、ジプシーなの?」
 自警団長は、双眼鏡から目を離さずに、藪から棒に声をかける
「ジプシー?」
「ママたちがそういってた」
 ちがう、と思うけど、とムゥは目庇しながら答える。
「アンタんちの物干し場、いまどき屋根の上にあるんだね」
「あるね」
「ヘンなの」
「そうかな」
「屋根にもところどころビニールシートが敷いてある」
「雨漏りするから。管理会社に頼んでも、大家さんが修理を渋るから、チチが間に合わせに敷いた」
「ふーん。ヘンなの」
「ヘン、かな」
 すると、自警団長の背後の男の子が、凄まじい勢いで、ヘンヘンヘンヘンヘンヘンヘンヘン……と連呼した。
「アンタんとこだけ、戦争中みたいだって。ママたちがいってた」
「そうかな」
「貧乏丸出しってやつ?」
 そういって自警団長が高らかに笑うと、弟も合わせてカラカラと笑った。
「目障りだなぁ」
「そうだ、そうだ、じつにメザワリだなぁ。ママたちもいってる」
 ムゥがクゥの手を引いてその場を立ち去ろうとすると、
「アンタたちさぁ、アライグマに餌付けしてるでしょ」
 自警団長はいった。
「悪い?」
「悪いも悪い。あれは特定外来種だよ。捕獲、飼育、移動、餌付け、ぜんぶ法律で禁止されている。アンタたちのやってることは、法律違反なんだよ!」
「ホーリツイハンなんだよ!」
「アンタんちをすみかにしているアライグマのせいで、ご近所じゅうが迷惑してる!」
 そうなのか? そうだったのか? ムゥは驚きのあまり頭のなかが白くなりかかった。なにが驚きといって、自分らが法に触れる行為をしていたことではなく、あれだけ目立たぬよう日々細心の注意を払ってメロンパンの餌やりを実行してきたつもりが、図らずも人の耳目を集めていたというその一点だった。
「あの子たちは、うちに住んでなんかいないよ。住んでるのは、あんたたちのおうちのどっかだよ」
 応戦したのはクゥだった。
 自警団長の顔が、みるみる真っ赤になった。地団駄を踏みながら叫んだ。
「とんだ濡れ衣だよ、こいつは! この新築ピカピカの家のどこに、アライグマが潜り込める隙間があるのかよ。いってみろ、ほら、いってみろよ! テメェら、絶対に許さないからな。こいつは侮辱罪だ、いや、ご近所じゅうに聞こえるようにいまいったんだ、こいつは名誉毀損だ。侮辱罪は五十万で名誉毀損は百万なんだ。テメェら貧乏人から、百万ぶんどってやる。パパは弁護士なんだ。ほら、ビビったろ。覚悟しやがれ!」

 それから数日して、自警団長の家に大工が入った。朝の八時ごろからトンカントンカン始まって、一週間かそこらで、仕切りの金網の向こうに、高さ二メートルほどの、横板を何枚と貼り合わせた木製の塀が立ち上がった。塀が出来上がると、今度はピカピカの鎖が都合四本、塀の向こうから等間隔に垂れて、鎖の突端にある金属の筒状のものが、金網の上辺スレスレに吊るされた。あくまで向こうの敷地内のことで、こちらはなにもいう筋合いにない。
「あれは、なんなの」
 姉妹が不安がるのへ、
「あれは、アライグマ捕獲器だ。アライグマの進化上の特異点を逆手に取った、なんとも極悪非道なトラップだよ。あんなものを考案するのが、人間の知恵というやつの本質なんだ」
 父はなんともやるせなさそうに説明する。鎖の先端にある筒の奥に、アライグマの好物が仕掛けられてある。猫や犬には、筒の奥にあるものを取ることはできないし、鳥やネズミは非力だから、たとえ筒のなかに潜り込めたとしても、餌を引っ張り出すことは叶わない。その点、アライグマには人間並に可動する器用な前足がある。周囲の動物たちが指を咥えて見ているほかないなかで、彼はいとも容易く筒に前足を差し入れて、お宝を握る。羨望の眼差しを浴びながら、いまや得意の絶頂だ。そして意気揚々としてお宝を引き抜こうとしたその刹那、彼は地獄を見る。筒のなかでトラバサミが跳ねて手首に食い込む。押そうが引こうがびくともしない。自慢の前足が、彼にとって、これ以上なく呪わしいものとなる瞬間だ。その瞬間の彼の内心を思ってみたまえ。叫ばれる呪詛はなにに向かってのものだろう。おのが手か、罠か、衆獣環視の状況か、人間か、さもなくば、創造主か? なにゆえに主は、我にこの器用なる手を与えたもうたか? なにゆえに主は、我をこのように残酷に罰したもうのか……。

 その日、ムゥとクゥが学校から帰ると、自警団長の家の前に救急車が一台と、パトカーが二台停まっているのを認めた。玄関を覗き込むと、いましも担架に載せられた誰かが家のなかから運び出されるところで、紙のようにも白い顔を晒した自警団長の弟くんが横たわっていた。家のなかから半狂乱の叫び声が上がり、警官二人に両脇を支えられて玄関の式台に現れたのは自警団長の母親で、これがムゥとクゥを認めるなり、
「あいつらだ! あいつらがやったんだ! そうに決まっている、逮捕しろ、早く、なにをぐずぐずしている、さっさと逮捕して、牢屋にぶち込め!」
 アライグマ捕獲器のなかに手を突っ込んだ自警団長の弟は、右手を失うことになった。在宅勤務の母親がちょっと目を離した隙に、自警団長の弟は家の外に出て、裏へ回り、新しく立った塀の上からなにやら物珍しげなものが垂れているのを発見して、その先端へ手を突っ込まずにはいられなかったと見える。自業自得といえばそれまでだが、塀は二メートルあり、その天辺から向こうへ鎖は垂らしてあったのだから、幼稚園児が自分のほうへ手繰り寄せるのは不可能である。それはもっともなことだった。であれば、鎖と筒とを向こう側からこちら側へ垂らした張本人として、当然のことながらムゥとクゥに嫌疑はかかる。彼らに動機があることを、どうやら向こうの両親も知る模様である。姉妹が警察の事情聴取を受けるのも時間の問題かと思われたその矢先、意気軒昂たる自警団長一家の鉾先はたちまち撓められ、水を浴びせられたほむらのように鳴りをひそめた。
 母親は事故の当日駆けつけた若い巡査の顔を見知っていたもので、後日に彼が駐在する交番に出向いて、事の顛末を聞いてきた。真相は、ほかならぬ自警団長の世帯主が設置した防犯カメラが明らかにしたと。事故のあった日の未明、そこに映っていたのは、二頭のアライグマだった。これが家の裏手に放置されてあった脚立を塀の前まで運び出してきて、大きいのがその一番上まで這い上り、小さいのが大きいのの頭の上まで這い上って、向こうに垂れたアライグマ捕獲器の鎖の一本をこちら側に手繰り寄せたのだと。その一部始終が防犯カメラの録画に残されてましてね、それで皆さんの嫌疑は晴れました、と巡査は朗らかにいった。

 五月も終わろうとしていた。
 クゥはなんとなく、トコナメよりピータン甕贔屓である。庭に出るとつい、ピータン甕の手入れのほうを念入りにしてしまう。トコナメは姉の領分、と勝手に決めているところがある。ムゥはといえば、トコナメもピータン甕も分け隔てなくかまって、わりと細かくメダカの頭数から水草や浮き草の間引きから管理を怠らないところがあって、姉ながらエラいとクゥはいつも思うのだった。
 ピータン甕の水面を覆い尽くす浮き草の緑を、ほんとうに美しいとクゥは思うのだった。ここにもエメラルド。日の光を吸えば吸うほどに、緑は鮮やかに輝く。じっさいのところは、植物はおしなべて不要な緑の光を反射しているだけだということを、光合成の原理を知るクゥでさえまだ知らない。
 浮き草を飽かず眺めるうち、同じ緑の糸屑のようなものが葉叢の中央に揺れるのを、クゥは夢のように見た。それは、糸屑などではなく、虫の類ならではの対称性を持った、生き物のなにかだった。細長い胴があり、細い肢があり、胴に沿ってセロハンの羽根は畳まれ、先端に二つの目玉があった。あり余る浮き草の緑がついに昆虫に姿を変えた! クゥはそう疑わなかった。大声でムゥを呼んだ。
「ふむふむ。これはイトトンボの幼体だね。あるいは……」
 記憶の書庫を一巡すると、ムゥはひとつの結論に至る。
「ハゴロモトンボ」
 ハゴロモの名にふさわしく、蝶のようにも大きな漆黒の羽が四枚、素材はまるで薄手のベルベット、これがてんでバラバラに羽ばたいて、落下するまいとして空をもがくよう、なんとも騒々しい運動の反復と見えるが、音もなく、そよとも空気は乱れず、目を奪われるうち脳裏に流れるのはドビュッシーのアラベスク、ドシラ……ドミファソレシ……ソレシ……ラドファ……ラドレミシソ……ミシソ……ふいに青緑色のメタリックな構造色がちらちら覗いて、これが女竹に生える枝よりなお細い胴で、なんだか自然の奥義そのもののように見えてくる。
「龍の甕からdragonflyトンボが湧くなんて、なんだかおもしろいね。チチが取ってきた小川の土に卵が紛れてたんだ」
「ムゥはハゴロモトンボ、見たことあるの」
「どうかな」
「それはおかしい。クゥはいつもムゥといっしょだった。ムゥが見たものはクゥも見てるはず」
「なんだろう、じっさいに見たり聞いたり嗅いだり味わったり触ったりしてなくても、ずっと昔から知ってるような気がするんだよ」
「なにが」
「なにもかも。この世にあるぜんぶ。ヒトも、生き物も、モノも、コトも」

 二人は風に攫われるようにして幼体のやがて飛び立つのを見届けた。クゥは庭にいつかハゴロモトンボたちの乱舞して、ドビュッシーのアラベスクを奏でるの様が見られると期待したが、それは叶わぬ夢というものだった。彼らは清流のほとりをこそ好むのだ。そして、自警団長の弟が右の手首を失って以来、二頭のアライグマも、真夜中の庭を訪うことは絶えてなかった。

 みんなエグザイルだ。
 そう、エグザイルなのだ。

つづく

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