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「量か質か」という問題を考えてみた。

フォレスト出版編集部の寺崎です。

わが編集部では、新人が入社すると必ず通る道に「10本ノック」というトレーニングがあります(すでに他社で実績を出している編集者には特に課されません)。

「編集の仕事が初めて」「書籍企画そのものが未経験」という社員には、月曜日・水曜日・金曜日にそれぞれ10本ずつ、1週間につき計30本の企画立案をしてもらいます。

企画立案といっても、しっかりした企画書にまとめるわけではなく、①タイトル案、②キャッチコピー、③著者候補(著者名+簡単なプロフィール)、④企画趣旨の4つをセットに10本考案するわけです。これをだいたい500本までを目標にただひたすらやります。

なぜ、こんなことをするのか。

書籍編集者の仕事は「企画が8割」という面があるからです。企画がよければ売れるし、企画がイマイチだとコケるというシンプルな世界です。

これは書籍編集者に限らず、ゼロからイチを生み出す企画職の仕事はすべて同じはず。スタートラインがずれていると、後から修正はなかなか効きません。

本づくりの知識やスキルなんてものは、ぶっちゃけ数こなしていくうちに身につくもの。だけど、企画に関しては、なんとも得も言われぬ「脳の筋肉」というか、頭や感性の独特の使い方があって、これは人に教えられるものでもなく、明快な解答というものもない。

この言葉はなるべく使いたくないのですが・・・「センス」が問われる。

じゃあ、その企画のセンスを磨くためには、どうすりゃいいか。

それはやはり「愚直に数をこなす」しかないと思います。

でも、新人編集者には「愚直に数をこなした」その先のゴールが見えないため、「アタシ、いまなにやってんだろう……?」「このままこんなこと続けていいの?」と疑問に感じる瞬間があるらしく、先日相談を受けました。

そのときに考えたことを、ちょっとまとめてみたい。


「1万時間の法則」はホントか?

マルコム・グラッドウェルが『天才!成功する人々の法則』(講談社)という著作で提示して話題となったのが「1万時間の法則」です。

これはある分野でスキルを磨いて一流として成功するには、1万時間もの練習・努力・学習が必要だとする主張。

ただし、この説には賛否両論あるようで、実際にこの法則のもととなった実験を実際に行ったアンダース・エリクソン教授が、自著『超一流になるのは才能か努力家?』でこの法則を否定しているようです。

エリクスン教授はある一定の条件(質)を加えれば、1万時間もの長い時間をかけなくともエキスパートになれると言います。

ただし、細かな主張の差異はあれど、両者に共通しているのは「ある程度の量をこなすこと」はどっちにしても必要なようです。

ここで問題となるのが「量か」「質か」の問題。

良質転化の法則とは?

「量か質か」問題を調べていくと「良質転化の法則」というワードに必ず出会います。

これは「量」をこなしていくと、「量が質に転化する」決定的な境い目があるという法則です。

もともとは物理学の用語で「相転移」といって、量的な変化が大きくなれば質そのものが変化するという物理法則があります。

米国の物理学者フィリップ・アンダーソン氏の「More Is Different(多いと様相が変わる)」という論文が有名なようです。興味のある方は調べてみてください(私は読んでもワケワカメで断念しました)。

ピカソ、ダ・ヴィンチ、モーツァルトなど、後世に残る偉大な作品を残した人も、数々の名作を生み出したと同時に大量の駄作もたくさん作っているというし、プロの写真家が初心者にアドバイスをする際に必ず言うという「とにかくシャッターを切れ」という助言も質量転化の法則でしょうか。

いちばんわかりやすいのは野球選手のイチローかもしれません。イチローは基礎練習に人一倍の時間をかけた逸話が有名です。いまなら大谷翔平選手のケースが近いでしょうか。

ちなみに哲学の世界でもヘーゲルが質量転化の法則に言及しているそうです。

例えば、水の温度はまずその液体的流動性にたいして無関係であるが、しかしこの液状の水の温度の増減が或る点に達すると、この凝集状態は質的に変化し、水は一方では水蒸気に、他方では氷に変わる。一般に量的変化が起こる場合、それは最初それ以上の意味は少しも持たないようにみえる。しかしその背後には別なものがひそんでいるのであって、一見何でもなくみえる量の変化は、質的なものを捕らえる言わば狡智である。

ヘーゲル『小論理学』

まあ、なんだかよくわからないけど、量をこなすことで質に近づいていくということが、いろんな世界で言われているということはお分かりいただけたでしょうか。

「問題」と「課題」の切り分けと「現状把握」

ただ、それでもやっぱり「ひたすら量をこなしていく」という段階では、「こんなやり方でいいんだろうか?」と、どうしても不安がつきまといます(新人であれば、なおさら)。

そんなときは「課題」と「ゴール」を明快にしたらいいのではないか。

そこでまずは「課題」が何かを明確にしておきたい。

「問題」は、現在起きているよくないことや、気になること、もやもやしていることです。
 一方の「課題」は、将来に到達したい「ゴール」や「あるべき姿= To Be」と、現状このまま進捗した場合にその将来に到達できるであろうポイントとのギャップです。
 つまり、「問題」は現状の話です。
 一方、「課題」は未来とのギャップと使い分けています。
 私は、「問題」が発覚した際に、それが単なる「問題」なのか、未来にも影響がある「課題」なのか判断してから、解決するかどうかを判断する習慣を持っています。
 それを「問題の課題化」と呼んでいます。
「課題」は解決すべきだけれども、「問題」は解決せずに放置していいのです。
 ところが、この「問題の課題化」という整理の仕方を知らない人は、「問題」が起きると、次々に解決してしまいます。問題を片っぱしから解決して満足しているケースが多く見受けられます。
 このことが、本来解決すべき「課題」を見つけるのを難しくしているのです。

中尾隆一郎『世界一シンプルな問題解決』より

これはKPIマネジメントのプロフェッショナルである中尾隆一郎さんの著書『世界一シンプルな問題解決』に出ていた考え方なのですが、まず「目標=ゴール」を設定して「現状予測」とのギャップを見出します。

ゴールと現状の差分がまさに「課題」となります。

新人編集者(のみならずベテランもまったく同じですが)の究極のゴールは「ベストセラーを生み出すこと」です。そのことを1冊でも多く実現するのがゴールのはずです。

では、現状との差分を埋める「課題」は何か?

ここでちょっとKPIマネジメントの考え方を応用してみます。

編集者としてのボトルネックはどこか?――KPIマネジメントから分析

これは中尾隆一郎さんの『最高の結果を出すKPIマネジメント』に出てくる「営業プロセスを分解した図」です。

 営業組織での事例を考えてみることにしましょう。
 まず、営業活動をプロセスで分解してみます。営業プロセスに分解し、図式化すると視覚的にも理解しやすくなります。
 主な営業プロセスは、❶営業先リストアップ→❷アプローチ→❸ヒヤリング→❹プレゼンテーション→❺クロージング→❻納品の6つとなります。
 上の図のように、左から右に棒グラフの高さが低くなっていきます。
 これは、例えば営業先を100リストアップ(❶)した場合に、次のステップのアプローチ(❷)では、取捨選択がなされ、例えば90 営業アプローチすることを表しています。
 当然、次のプロセスでも同様量が減っていくことを図示しています。
 また、営業組織では、「売上=営業活動量×受注率×平均単価(正価−値引き)」という式で表現することができます。
 ですので、売上を向上させるための選択肢は次の3つです。
 
A 営業活動量を増やす
B 受注率を向上させる
C 平均単価を上げる


「A 営業活動量を増やす」には、❶営業先リストアップ、❷アプローチ、❸ヒヤリング、❹プレゼンテーションなどの行動量を増やすことが必要です。
 受注率を上げるためには、❶から❹の営業活動から❺クロージングへの歩留まりを高める必要があります。
 平均単価を上げるためには、最後の❺クロージングのプロセスで契約する売上額を向上させることが必要です。

中尾隆一郎『最高の結果を出すKPIマネジメント』より

要するにこの6つのプロセスのうち、どこがボトルネックになっているか。それを見出して、イマイチな部分を改善すれば売上も向上するよね、という話です。

これを書籍編集者のケースで分解してみました。

こんな感じでしょうか。

おそらく最終ゴールは「❼ヒット」ですね。

このそれぞれの段階において、どこがボトルネックになっているのか?各プロセスにおける対策は以下のようなものになります。

ボトルネックが❶であれば・・・
⇒企画立案の数を増やす

ボトルネックが❷であれば・・・
⇒著者へのアプローチ数を増やす

ボトルネックが❸であれば・・・
⇒プレゼンテーションの質を高める

ボトルネックが❹であれば・・・
⇒企画書とプレゼンの精度を高める

ボトルネックが❺であれば・・・
⇒制作進行スケジュールを見直す

おそらく新人編集者であれば、さしあたってのゴールは「❹企画通過」なので、❶から❸のどこかにボトルネックがあるはずです。

結局、企画通過率を上げるためには、アイデアのアウトプット量を増やし(❶企画立案)、どんどん著者にアプローチして(❷著者アプローチ)、説得力ある企画書とプレゼンテーションをたくさん用意して(❸企画プレゼン)、❹企画通過の本数を増やすしかないわけです。

というわけで「量か質か問題」の結論はほぼ出尽くしたでしょうか。

ちょっと長くなりました。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。

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