「離婚後の共同親権とは何か」読書会#8 レジュメ
【前回】
問題の所在
親権の帰属に関する現行法の規定
<婚姻中>完全共同親権制度
<離婚後>完全単独親権制度
※実体法
民法818条、819条等
※手続法
家事事件手続法268条、人事訴訟法32条、家事事件手続法39条等
監護者制度の存在意義と体系的地位及びその由来
<監護者制度の意義>
① 子の監護の実効性確保説
② 身上監護・財産管理分担説
③ 双方感情融和説
④ 第三者監護者指定説
⑤ 共同監護推進説
⑥ 暫定的一時措置説
⑦ 同居保護監護権・重要事項決定権区別説
<監護制度の体系的地位とその由来>
最近の実務父母の一方のみを親権者・監護者と指定する方法が圧倒的であり、次に多いのは親権者と監護者の分担であり、第三者を監護者とするケースは多くはない。
⇒父母たる監護者が原則的
親権と監護権の関係
<親権の定義>
通説・実務・・・文字通り「権利義務」
権利=権限説・・・戦前の戸主権の名残りであり、妥当ではない。
欧米諸国の義務性を強調する説・・・学ぶべき点は多いが、そのまま民法解釈に取り入れるとするのは妥当ではない。
<監護権の定義>
監護権とは身上監護のことをいい、民法820条~823条及び833条の身上監護部分の総称。(監護・教育、居所指定、懲戒、職業許可、孫に対する親権代行などを指し、これらの代理権・代行権・代表権の全てを含む。)
<親権の固定制と監護権の流動性>
民法766条の存在・・・監護権の範囲内で共同養育・監護をすることが可能
※法改正の必要性はない。
親権・・・変更には審判が必要
監護・・・当事者の合意で変更可能
※木村説について
これまで実体法学者が考えていた枠組みと共通するが、監護権の範囲内でのみ合意=協議による解決が可能であるとする考え方を、「契約」新概念で一歩踏み出したもの。
親権と監護権の分属を認めた審判例の検討(福岡家審平成26年12月4日判時2260号92頁)
1.事案の概要
X:父 Y:母 A:子
2007年 XとYが婚姻。子Aが出生。
戸建て住宅を購入。
2009年末 都内の賃貸マンションに転居。
2010年3月 Xから離婚調停の申し立て
6月 Yが子連れ別居。
7月 いったん1週間の交代監護で中間合意。
2011年1月 当分の間Yを監護者。
月3回の父子面会。
交代監護も取りやめといった内容の暫定合意。
3月 東日本大震災。Yが実家のある福岡に転居。
Xに相談がなかったため、強い不信感を持つ。
2011年7月 Yを親権者とする調停離婚成立。
XAの面会交流について詳細な定め。
面会交流が実施されなかった月の養育費免除。
2011年8月 面会交流が実施されず。
原因はYの言動、態度等が理由と認定されている。
2011年9月 Xが親権者変更と子の引渡し、Yが面会交流調停の変更を求めて各々申立て。福岡家庭裁判所は併合して審理。
2.主文
① 子Aの親権者をYからXに変更する
② 子Aの監護者をYに指定する
③ 子Aの引渡しの申立てを却下する
④ 面会交流調停の一部変更は認める
3.判旨(主文①について)
XがYを親権者とすることに同意したのは、Yが面会交流の確保を約束したから。Yの言動が理由で面会交流が途絶えた原因があり、Yを親権者と指定した前提が損なわれたと評価せざるを得ない。Xには、親権者としてAの監護養育の一端を担う十分な実績と能力が認められる。本件では、親権者変更以外に改善の手段がない。
親権者・監護権者の分属は、それによって共同監護の実を上げられるなど、子の福祉にかなう特段の事情があれば認められる。
本件においても、特段の事情が認められ、監護権はYに留保するが、父母双方が子の養育のために協力すべき枠組みを設定するために親権者を父に変更し、親権と監護権の分離分属を認めるのが相当である。
4.梶村弁護士の批判的検討
裁判所が根拠として挙げた論文の引用が不適切。当該論文が指摘していたケースに本件は当てはまらない。
前記のスタンダードな親権と監護権の理解を前提とすると、実は、親権者は「共同監護」にかかわれる余地が、現行法上存在しないはず。
共同監護の実を上げあられる事実認定の根拠が貧弱。(子が母親の近くの小学校に通学できることだけ)
監護者としてふわさしく、財産管理者として落ち度がないYになぜ親権者の地位が失われるべき理由があるのか不明。
両者の協力関係を積極的に評価できるものがない。
親権者には理論上、子の監護に協力する権利も義務もない。
5.本審判の隠れた問題点ー面会交流原則的実施論
6.その他の判例評釈
<積極的に評価する説>
山口亮子「高葛藤夫婦の面会交流, 監護者・親権者指定について」法と政治(関西学院大学法政学会)69巻2号下50-55頁
父母の高葛藤事例において、別居・離婚後の他方親のDVを主張し、頑なに子との面会交流を拒絶していることを裁判所が子の利益にかなわないと判断し、加害者とされる親に親権者指定をした例として紹介されている。
「母親が父親からのDVを主張しているが、父親はそれを否定して子どもと会わせない親を批判しており、いわばDVとPAの双方の主張がみられる例であり、裁判所はDVを認定せず、加害者とされる親に面会交流を認めたり親権者を指定したりした。…明らかに母親から洗脳されることが子の利益にかなわないことを説明している。」
<否定的に評価する説>
田中通裕「面会交流の拒否と親権者変更」新・判例解説Watch(日本評論社)17号 113-116頁
「本審判は、父母双方が子の養育のために協力すべき枠組みを設定し、母の態度悪化を促すために、それが子の利益にかなうとして親権と監護権の分属という解決を選択した、このような方途以外に現状を改善する手段が見当たらないことからは、筆者もその結論を理解できないわけではない。しかしながら、実際にそれが事態を改善させ、円滑な面会交流の実現を可能にするかどうかについては問題がないとはいえないであろう。本件では、父母の協力関係が十分に築けないことも予想され、その場合には却って紛争を激化させかねない。本審判が円滑な面会交流の実現を可能にするかどうかも(今後、監護権も含めた全面的な親権者変更がなされることを恐れて、母が子の父との面会交流に協力する可能性がないではないが)、必ずしも期待はできないといわざるを得ない。」
「さらにいえば、本件のような高葛藤事案において面会交流がそもそも子の発達にとって有効であるのか疑問がある。」
7.foresight1974の私見
梶村弁護士・田中教授の見解に賛成。山口教授の見解は、審判書の内容と一致しない点があり評価できない。
審判文の全体的な印象として、あらかじめ審判官(裁判官)が決めた結論に従って事実認定が一方的に組み立てられており、公平な事実認定であるか疑わしい。
仮に、面会交流が実施不能に至った原因が母親に一方的に存するとして、なぜ、監護権を母親に留保し、子への母親の影響を排除しなかったのか不明であり、論理的一貫性を欠いている。
当初の交代監護から、共同監護・養育にことごとく失敗している父母に、なぜ親権と監護権を分属すると「共同監護の実を上げられる」のか、根拠が薄弱である。
民法の観点から共同親権立法化の危険性
1.完全共同親権制
婚姻中・離婚後・婚外子を問わず共同親権
(<法と社会>学会における山口亮子報告案)
2.選択的共同親権制
一定の条件の下に共同親権。最も多い。
(渡辺義弘案、水野紀子案、許末恵案、犬伏由子案など。上記山口報告案も、例外的な単独親権移行を認めている。)
3.原則単独親権/例外共同親権制
原則単独親権だが、申立てにより共同親権への移行可能。
(稲垣朋子案)
4.それぞれの危険性
① 完全共同親権制
その積極的理由・根拠は必ずしも明らかにされていない。欧米の先進国のほとんどが採用していることからだろうが、既に論じられているように見直しの時期に来ている。外国法の鵜呑みでは、学会の後進性が露わになっただけである。
また、わが国の国民性は欧米とは文化的に異なる。
② 選択的共同親権制
選択的夫婦別姓と異なり、親権・監護権の根の深さが夫婦別姓の比ではない。
選択制でまとまらなかった場合、裁判所が何を根拠に決めるのか。現在の家裁実務の主流的傾向が原則的実施論に傾斜した経緯からは、完全共同親権制が実務的に幅を利かせるのは目に見えている。
この場合、当事者の合意や子育てへの価値観の一致等で選択的に共同親権を認めるならば、法的規制を認めなくても子育ての自由に任せられる。弊害への救済制度創設は、国家権力の不当介入となる。
③ 原則単独親権/例外共同親権制
最も穏やかな共同親権制度だが、以下に述べるような危険性がある。
審判・調停の観点からの立法化の危険性
<立証事項>
① 共同親権の合意ができたこと
② 子の利益にかなう特段の事情が存在すること
<筆者の批判>
面会交流原則的実施論と同じ運用になってしまうのではないか
実務上、上記①②の立証事項が貫徹できないのではないか
日本の調停は別席調停であり、メディエーションではない。
→調停がブラックボックス(情報独占型の説得中心)裁判官の経験不足
調査官調査の公平性への疑問
調停から審判の移行時に、改めて争点整理をして双方に主張・立証の機会を与えていない→「一件書類」で事実認定してしまう
紛争の実情を無視した理想論に堕する危険性
"監護権のない親権者に何等かの権利を付与しても、それが機能するための無条件性・完全性に欠ける"
むすびにかえて
単独親権論は、欧米への憧憬、ファンタジーが背景
共同親権の強制は子の利益に反し、人間科学の知見に反する
国家の介入への危険性(復古主義)
家族法学会は批判にほとんど答えていない
日本の民法の再評価(家族法の「契約化」)
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【分野】経済・金融、憲法、労働、家族、歴史認識、法哲学など。著名な判例、標準的な学説等に基づき、信頼性の高い記事を執筆します。