見出し画像

2019年第4回フードロスの学校〜日本の農的暮らしとフードロス〜

2019年4回目のフードロスの学校は、「日本人の暮らしとフードロス」というタイトルで東京農業大学地域環境科学部の宮林茂幸教授にお話しいただきました。

画像3

フードロスの学校はきっかけづくりの場

まずはいつも通り、平井学校長から、「フードロスの学校は、フードロスについて考えていくきっかけをお渡ししたい」というお話。知識を詰め込むものでも、解決策を作るものでもないというイベントはちょっと珍しいかもしれませんね。

ちなみに10月16日はFAOが定めた世界食料デー。食にまつわる課題、飢餓や貧困も含めた解決を考えていこうという日です。そして日本はそれにちなんで10月を世界食料デー月間としています。食に関するイベントが多いのはそのためなのかも。

今日のおやつ

本日のゲスト宮林教授が深く関わる山梨県小菅村の「きゃらぶき」と「しゃくし菜漬け」。 きゃらぶきは保存が効くように濃いめの味付け。 しゃくし菜は醗酵しているので保存が効く上に、古くなると油いためにして最後までちゃんと食べます。

また、ZENBUというブランドの野菜ペーストも2種類。 廃棄されていた枝豆の皮や、とうもろこしの芯も一緒にペーストにしているんだそう。栄養価も上がって廃棄が少なくなるという優れものでした。

日本の農山村で起きていたこと

画像1

農山村の地域づくりや林業の活性化が専門の宮林先生。長野県の信州新町という奥山で育ったそう。山の中でも急傾斜なところで、田んぼも無いような場所だったけれど、そこには多世代が1軒で暮らすことで農家を持続していく教育力があったと言います。

かつての日本では森林資源に限らず、農業、林業、淡水漁業、畜産業が全部つながっていました。畑で採れたものの食べない野菜は家畜にやる。その家畜の糞尿は堆肥に。さらに馬や牛などの家畜は荷物を引いたり、畑を耕したりする労働力として使っていくなどと連続性があったのが普通の風景だったんですね。どうやらフードロス以外のロスもなさそうです。

ところが、そうしたつながりが断ち切られていくのが、ここ60年の流れであったそう。

つながりを取り戻す

画像2

つながりが断ち切られていくと、生きる力が失われていくばかりと、東京農業大学では「多摩川源流大学」というプロジェクトを始めました。 山梨県小菅村を始めとする農山村に伺って、農林業の実習や集落の作業のお手伝いをするものです。 道普請作業では釘を打ったことがない学生が地元の方から金槌の打ち方を教わります。

また、群馬県川場村と東京都世田谷区の交流事業では、地方を活性化するための方法として、農産物を買ったり、観光やレクリエーションとして来てもらったりと、農村にきてもらっています。

こうした場所は都内とは違い、不便なことや苦労することはありますが、それが工夫する力を養います。そして、人と人がつながっていきます。それが、都市での災害に耐える力になったり、パートナーシップを形成していく力になったりしていくのです。

構造的にとらえよう

画像4

実は戦後の国土はとても荒れていて、荒川も多摩川も上流域の森林は40%ぐらいしかありませんでした。 森林が荒れているということは川が氾濫する危険が常にあり、飲み水も確保できないということになります。 先人たちは手入れして森林率を70%まで増やし、それを防いできました。それを預かった私たちはどう、次の世代に渡せるのでしょうか。

それから米づくり。 現在、北海道で生産できているのは品種改良のたまものなんだそう。 ですが、米の消費が減って、減反することになりました。 それなのに米を輸入している。それってどういうことなのでしょうか。

物事を一面的にとらえるのではなく、それがたどってきた歴史、人々のくらし、次の世代、土地管理などを上から下まで構造的に見ていく必要があるというお話でした。

グループワーク

数人ずつ集まって自己紹介後、今回の講義についての感想などを話し合いました。 食べ物を選ぶ視点が変わりそうかもなんていう意見が聞こえてきましたよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?