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あまりにもスポーツを見ない

 イトーダーキさんが、「アゴラリレーエッセイのオフ会はW杯の試合がない夜にしましょう」と言った。

 サッカー好きの幼馴染が数日前、インスタとツイッターで狂喜していた。

 今日、給湯器の点検に来た業者さんから「今日は日本戦ですね」と言われた。

 私はひたすらに「何事だろう」とキョトンとしていた。
 私は、今までの人生でワールドカップを観たことが一度もない。

 去年の東京オリンピックでは一つも試合を観なかった。開会式は全部見た。私にとってオリンピックは文化の祭典なのだ。開会式がピークなのだ。
 たった一つだけテレビで見るスポーツは、フィギュアスケートだ。


 そんな私が通っていた高校は、スポーツ強豪校だった。全国大会出場やらインターハイ出場やらの垂れ幕が常にかかっていて、常に入れ替わっていた。

 1年生の時の部活紹介で、女子硬式テニス部の部長が舞台につかつかと歩み出ると「やる気のない人は来ないでください」とだけ言い放って舞台を降りて行った。我々1年生はどよめいたが、このパターンの部活紹介、もとい、入部希望者への度胸テストはこの後何度か別の強豪部も行い、さほど珍しくはないのだと理解する。
 余談だが、男子硬式テニス部は随分と雰囲気が違った。全然怖く無さそうなひょろっとした部長が「今から舞台の端に置いた空き缶にテニスボールを当てます」と言って空き缶を置き、舞台の反対側からラケットでボールを打った。3回ほど失敗して「あっ……終わります」と言って舞台を降りて行った。女子硬式テニス部の部長がゴミを見るような目で見ていた。

 私はオーケストラ部に入部した。中学で吹奏楽部だった流れで、この高校を志望した時から入部を決めていた。生粋の文化部人生だ。ブレがなくてよろしい。

 さて、我々の代のオーケストラ部は一度だけ運動部の応援で演奏をした。
 年末に行われたサッカー部の都大会決勝。管楽器と打楽器のブラスバンド編成で演奏した。弦楽器担当は楽器を持たずに歌とコールを担当する。私はホルンを吹いていたので極寒の中金属の塊を抱きかかえていた。楽器が冷えると満足に音も出ない。楽しそうに大声で盛り上がる弦楽器担当が心底羨ましかった。

12月の屋外で抱きかかえていた金属の塊。
ずっと吹きっぱなしの方が楽器が温まるのでありがたかった。

 顧問が指示した時だけ吹くので、演奏していない時間の方が長い。演奏していない間は空気を読んで一緒に盛り上がらないといけない。
 ボールが相手側ゴールの方向へ動いたら「おおお」と言う。ボールが自分達のゴールの方向へ動いたら「あああ」と言う。「おおお」と「あああ」を周りに合わせて繰り返し、たまに楽器を吹いていたら試合が終わっていた。勝ったらしい。
 全国出場が決まり、周りは大盛り上がりだった。あまりピンと来ていないが私も嬉しいことは嬉しいのでニヤニヤしておいた。

 鑑賞態度が余りにもひどくないか。きちんと感動出来ていなくて申し訳ないという気持ちはある。せめて周りを盛り下げないように空気は読んだ。「おおお」と「あああ」と勝利のニヤニヤを周りに数テンポ遅れて添えさせていただいたので、なんとかご容赦願いたい。


 だが、さらに残念なスポーツ鑑賞の記憶がもう一つある。野球だ。

 高校3年の夏、野球部公式戦の多分3回戦を応援に行くことになった。
 並み居る運動部の中でも野球部はあまり強くなかった。わが校には広大なグラウンドがあったが、当時約160人のサッカー部が占領しており、野球部は追いやられていた。いや、決してサッカー部のせいだと言いたいわけではないのだが、試合の戦果やグラウンドでの扱いを見る限り、野球部はパッとしない方だった。
 その野球部が甲子園をかけた公式戦の3回戦へ出場したというのは結構すごいらしい。3年生は最後の試合だし、同じクラスにも野球部がいる。加えて翌日から夏休みという解放感もあって絶好の観戦日和だった。3年生の多くが応援に行った。クラスで一番仲のいい子が行くので、私もついて行くことにした。

 さて、私は野球のルールが全く分からない。
 どれくらい分からないかというと、ボールの飛距離を競っているのだと中学生まで本気で思っていたくらいだ。
 ニュース番組のスポーツコーナーで「サヨナラホームラン」という言葉を聞いた私は、「そうか、ホームランというのが出たらその時点で勝ちなんだな。だってネットを越えて客席にボールが入ってしまったら他にいっぱいいる球拾いの選手は拾いに行けないもんな。もう試合を続けられないもんな。うん、とにかくバッターという人が滅茶苦茶遠くにボールを飛ばすスポーツなんだな。やっと分かったぞ」と早合点して納得していた。

 駄目だ、同級生の体育会系にこの記事が見つかったらさすがにシメられる。しばらくアカウント名を変えた方がいいかもしれない。いや、アカウント名を変えるかは取り敢えず書き終えたら考えよう。

 さすがに高校3年の時点ではピッチャーとバッター以外が球拾いではないことは理解した。が、進歩はここまでだった。今に至るまで私にとっての野球のルールは、「ピッチャーが投げる、バッターが打つ、その後はなんか……あの、取れたら取って……どっかに投げて……あ、バッターはこう、バットをばーんって捨ててどっかに走るんだよね……えー、スライディングとかして……あの、そんな感じ」である。
「好きな○○で打線を組む」系の企画とか本当に分からなくて困る。「4番が大事」だけ知っている。

 そんな体たらくなので、公式戦が始まった瞬間に、何をどう見ればいいかさっぱり分からなくなった。同じクラスになったことのある数人の男子に注目してみた。皆真剣な表情をしている。応援に来た周りも真剣に見ている。駄目だ、今のところ表情しか楽しむ要素がない。

 その時、相手校側のスタンドにチアリーディングの女子達を見つけた!
 白をメインとした爽やかなユニフォームを纏い、ポニーテールがこれまた爽やかな女子達だった。わが校にはチアリーディング部もダンス部もないため大変物珍しく、私にとってはあの球場で最も輝いている存在だった。
 彼女達の統率されたポンポンの列、高く上がる脚、私には一生繰り出せない眩しく爽やかな笑顔を、私は大いに堪能した。ここに来てくれてありがとう!こんなに素晴らしいパフォーマンスを見せてくれてありがとう!!敵チームに声援を送るチアリーダー達に、声に出さずとも私が一番声援を送っていた自信がある。

 すると、周りが突然静かになった。慌ててチアリーディングから意識を戻して異変の元を探る。
 同じ学年の女子が泣いている。あれは確か、キャプテンの彼女。キャプテンの彼女が泣いているということは、恐らく勝ったか負けたか。その周りにいる女友達がキャプテンの彼女の肩を抱いて慰めた。周りもしんみりしている。ということは、負けたのか。私もしんみりすることにした。
 さっきまで敵側のチアリーディングしか見ていなかったことへの罪悪感から、今からでも出来ることをしようと思った。全身全霊を込めてしんみりの表情を添えた。

 これが私の人生最初で最後の野球観戦だ。ひどい。あまりにもひどい。しかしそれ以降も私と野球の距離が縮まる機会はなく、野球への知見は全く増えていない。


 冒頭に挙げた「全くワールドカップを見ていない」という話から、私がいかにスポーツに疎いかを一度は書いてみようと思った。

 ちなみに夫は今日実家に用事があるため、実家で家族とワールドカップを観てから帰る。
 私があまりにもワールドカップに興味を示さないため、日本がドイツに勝ったことを夫も知らなくて翌日会議で恥をかいたらしい。大変申し訳ない。

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