知りたいような、知りたくないような
まだ9時前だから、人影はまばらだ。そよ風にゆれる木々、ときどき横を通り過ぎる車のうなり声。1日が動き出す直前の穏やかな風景。朝の澄んだ空気の中を意気揚々と歩み、日曜日の朝、アルバイトまでのんびりと静かなひとときを楽しむ。
おはようございます、と挨拶をして鞄を棚に押し込む。
おはよう、と、ちらほら返事が聞こえる。アルバイト仲間の性格はさまざまだ。おっとりしている人。ちょっと気難しく見える人。少女のように恋バナに夢中になる人。個人的な事は一切明かさない人。反対に、何でもあけすけに喋る人。
そして年代もバラバラ。私と同じ大学生は少なくて、ママさん世代やおばあちゃん世代など。傍から見れば、クロワッサンのお供に味噌汁を頼んでいるような、ちぐはぐな組み合わせだ。
週に1回、そんなバラエティに富んだ人に囲まれていると、世の中は本当に色んな人がいるのだな、としみじみ感じる。
そんな人たちと過ごす1日。やってる仕事は同じだけど、たまに、この人たちはどんなプライベートを過ごしているんだろう、なんて考えが頭をよぎることがある。どんな服を着て、旦那さんはどんな人なんだろう。今はこうやって一緒に働いているけど、この人にも私と同じように、友だちとランチをしながら笑い合うときがあるのだ。考えてみれば当たり前なのに、なんだか不思議。
仕事が忙しくない時は、みんなで談笑する。
とりとめのない話を紡ぎながら、この人たちが本当に好きだ、と笑顔が溢れてきた。毎週会えるのが、なんだかんだ楽しみだったりする。でも、ふと思えば私が知っているのはこの人たちの名前や住んでいる場所、本業や家族構成など、ちょっとした表面上のプロフィールだけ。どんな本を読んで、どんな映画を観るのか、どんな学生時代を過ごしたのか、まるで知らない。ましてや今悩んでいることや夢中になっていることさえも。私が知ってるのは、この人たちの上辺だけなんだ。
あと1年。大学を卒業したら、私はきっとここには戻ってこないだろう。もう二度と。その後もこの人たちはここに居続けるだろうし、お店も続いていく。あとたったの1年で、私は別の道を選ぶ。まるで巣から旅立つ雛鳥のような気持ちだ。
こんなに笑い合っているのに、ここに来なくなったら成り立たない友情なんだな。でもそこに悲しさはない。別にわざわざ連絡先を交換して、休みの日に会おうとまでは思わない。ただ週に1回、同じ場所に来て同じことをし、たまに語らうだけ。それでも友情は成り立っている。そんな不思議な関係。
ほんのちょこっとだけ繋がっている縁を引き寄せるように、今日も笑顔で挨拶しよう。