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3分小説 『朧月よ、朧月よ』 #シロクマ文芸部

「朧月よ、朧月よ」
『おぉ、どうしたんだ?』

ぼくが問いかけると、すぐさま返事が届く。

「黄色いお花みたいなものがちりばめられたケーキを売ってるお店はどこにある?」
『うーむ、難問だな……』
「どうして?」
『あのケーキが売られているのは3月8日だけなんだ』
「え、そうなの?」

慌ててカレンダーを見ると、もう一週間も経っていた。もっと早く気づけば良かったという後悔とまだ叶えられるチャンスを考える。


「朧月よ、朧月よ」
『なんだい?』
「そのケーキはぼくでも作れる?」
『あぁ、作れるとも』
「じゃあ材料を買わなきゃ」
『そうだな、一人じゃ危ないから一緒に行こう』
「わかった」

ぼくはトランシーバーを学習机に置き、階段を駆け下りる。

「よし、買いに行くか」

玄関には、さっきまでトランシーバーで会話していたお父さんがいた。

「それにしても、なんで急にそんなケーキを思いついたんだ?」
「ぼくの部屋の窓から菜の花が見えたんだ。そしたらこの前、テレビで見たお母さんが喜びそうな黄色いケーキを思い出して」
「なるほどな。良樹よしきは周りをよく見ていて、えらいぞ。トランシーバーのようにいつでもアンテナを張ってるんだな」

と、お父さんは屈託なく笑うけども、ぼくは少し恥ずかしい。アンテナは、時に雑音まで拾い、ぼくを苦しめる。

「大丈夫さ、お父さんがいる」

その言葉に背中を押され、家を出てぼくは久々に外の空気を吸った。

「外も悪くないだろ?」
「うん」

ぼくらは歩いてスーパーまで行き、黄色い花ケーキに大事な材料をなんとか見つけた。


「不思議だな、この赤いものを入れると濃い黄色に染まるなんて」
「鷹の爪みたいだね」
「おいおい、やめてくれよ。間違って買ってないか不安になるじゃないか!」

二人で改めて確認し、笑い合う。

「よかった、まちがってないね」
「だな。さあ早く作らないとお母さんが帰ってくるぞ!」

レシピ通りにスポンジを焼き、カスタードクリームを塗り、最後に粉々にしたスポンジを振りかける。

「テレビで見たやつと同じだ!」
「お母さん、びっくりするだろうな」

ケーキを冷蔵庫に入れると、ぼくはお父さんと晩ごはん作りに取りかかった。


「あぁ、美味しかった!」

帰ってきてすぐ夕飯を食べたお母さんが満足げにお腹をさする。

「そりゃ、そうさ。今日は良樹も手伝ってくれたからな」
「あら、そうなの?」
「……うん」

ぼくはまた恥ずかしくなって下を向く。でもその恥ずかしさは買い物に行く前とはちがう誇らしい気持ちが混ざっていることに、ぼくは気づいた。

「デザートもあるぞ」
「わあ、楽しみ!」

大皿に盛ったドーム状のケーキをぼくは慎重に運ぶ。

「これってもしかして……」
「ミモザケーキだ」

どうして3月8日にしかそのケーキが手に入らないのかをぼくは買い物中にお父さんに聞いた。その日は国際女性デーで、男性が女性へ日頃の感謝の気持ちを伝えるためにミモザの花を贈る日なんだとか。

だからぼくは決めたんだ。

「お父さん、お母さん」
「うん?」
「ぼく、春休みになるまでに学校に行けるようになって、ちゃんと五年生になれるようにがんばる」

ぼくは三学期に入ってから学校に行けなくなっていた。それはきっと運動会でも、学習発表会でも、クラスのお楽しみ会でも、ぼくは何一つ活躍できなかったからだ。

元々影が薄かったぼくの存在がよりいっそうおぼろげになっていくことに耐えられなくて外に出るのも怖くなってしまったほど。


でも、五年生になればクラブ活動が始まる。そうしたらぼくは家庭科部に入って、ミモザケーキみたいにいろんなお菓子を作れるようになるんだ。


「だからお父さんも安心して仕事に行っていいからね」


学校に行けなくなってからお父さんはずっとリモートワークをしていた。そして、ぼくに

「いいか? お母さんには内緒だぞ。お父さんは、いつでも良樹の言葉を聞く。どんな日にも月はある。雲に隠れても、ぼんやりしていても。月を見ようとするか、しないかだけの話なんだ。だから合言葉は朧月おぼろづきだ。どんな姿でもお父さんは良樹を必ず見つけ出してやるから。安心しろ」

とトランシーバーをぼくに握らせてくれた。


「今度はぼく一人で、もっともっと美味しいケーキを作ってご馳走するね」


朧月よ、朧月よ。
ぼくはちゃんとここにいるよ。


 「朧月よ」ってなんとなく早口で言うと「応答せよ」に聞こえる気がして(相変わらず空耳が謎すぎ)、トランシーバーを盛り込んでいたところ、ふとミモザケーキを思い出しまして調べてみたら、ミモザの日があると知りました。

ミモザの花は何で出来ているんだろう?と思って調べたら、なるほど~! となりました。

みなさんに「月が綺麗ですね」と言ってもらえる作品になっていればいいんだけどな~🤭

(他の月作品もよかったらどうぞ~>🙋

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