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ストライダの反撃 −その7−三つの攻防


竜の仔の物語 −第2章|3節|−ストライダの反撃

−その7− 三つの攻防


 「なあ、どうだ?おれたちと組まねえか?竜よ。」オーギジアルはもう一度言う。天井ではスメアニフどもがぶら下がり、主の号令を待っている。

 「組んだら、人間を喰わないのか?」ラウが訊く。

 「おいおい、お前は何か勘違いをしちゃいねえか?」オーギジアルは大袈裟なため息をつく。

 「ケチを付けてくるのは人間どものほうだぜ。ストライダも向こうから襲ってきたんだ。何もおれたちから仕掛けたわけじゃねえ。」

 「それはお前達が人間を殺すからだ。」

 「そこだよ!」オーギジアルがラウを指差す。「そこだよ、そこ!なんでストライダは人間どもの味方ばかりしやがる?なんでヤツらは人間どもの犬に成り下がる?」

 オーギジアルは竜の少年の様子を窺うが、彼が何も言わないことを確認すると、ゆっくりと話を続ける。

 「おれがベラゴアルドの王になれば・・、」

 「王?」そこでラウが聞き返す。

 「そうだ、王だ!おれはこの世界の王になる!おれが望むのは自由だ!人間どもに支配されることのない自由の世界だ!」

 そう叫ぶと、天井のスメアニフたちが騒ぎはじめる。逆さまのまま手を叩き、雄叫びを上げる。オーギジアルは両腕を上げ、聴衆に応えるようにお辞儀をする。

 そうして頭を上げたオーギジアルの眼前に、不意に矢が飛んでくる。「おおっと。」彼は慌てたふりをして大袈裟に避ける。

 「もう来やがったか、ストライダ。」通路の奥を睨む。次々に飛んでくる矢を竜巻のように回転しながらかわしていく。

 すると、吸血鬼に向け放たれた矢の一本を、ラウが鞘に収めたままの剣を振るい叩き落とす。それから次の一本も同じようにたたき落とす。

 「これはこれは。」オーギジアルが眉を吊り上げ動きを止める。放たれた矢を、目の前に立つ竜の少年が叩き落としていく様を、愉快そうに眺める。

 すると矢の攻撃がぴたりと止む。しばらくすると暗がりから黒い長髪のストライダが驚いた顔つきで走って来る。その様子を薄ら笑いで吸血鬼の王は眺める。



 「おいラウ!いったいどうしちまったんだ!?」下水の入り口からアルベルドが走ってくる。「そもそも、なんでお前がここにいる!」目を見開き驚愕の表情を向ける。

 「えっ!アルなの!?アグーじゃないの?」ラウも驚き、彼を見つめる。

 「そんなことより、吸血鬼から離れろ!」彼のその言葉をラウは手で遮る。「ちょっと待ってアル。もう少し話をさせて。」

 「ストライダァ!」オーギジアルが笑いだす。

 「竜はおれたちと組むってよぉ!」そう叫ぶと同時に腕を振り上げる。すると天上のスメアニフたちが一斉に降り立ち、彼らの間に壁をつくる。

 「おいラウ!どういうことだ!」答えろ!ラウ! アルベルドは行く手を阻む低級吸血鬼には構わず駆け寄ろうとするが、後ろから肩を掴まれ止められる。

 「作戦変更だ、アル。」ソレルが長剣を抜刀する。

 「作戦もクソもねぇよ、あそこにラウがいるんだ!」アルベルドが取り乱す。

 「今は構うな。仕事に集中しろ。」そう言いながら、さっそく飛びかかってきたスメアニフを銀の長剣で灰に変える。「まずはこいつらを全てかたづけてからだ。」

 「ちっ」アルベルドは舌打ちをしながら半回転で敵を切り裂き、腕を十字に組む構えをとる。

 するとスメアニフの群れが割れ、二人の裸の女が薄ら笑いで近づいてくる。

 「おいおい、おれたちゃそんな趣味はねえぜ。」

 「そう言わずに、あたしたちと楽しんでいきな。」女たちは薄ら笑いを浮かべ、口を大きく開ける。口角が裂け顎が外れ、すりこぎ状の牙が喉の奥まで乱立する。女たちが紫色の醜い姿に変容する。

 そうして二体のストレイゴイが両手を広げる。爪がぐんぐんと伸び鋭い刃となり、悲鳴をあげて襲いかかる。

 アルベルドはその場に腰を落とし、大きく息を吸い込む。そして、それを一気に吐き出すと同時に、向けられたその爪を叩き折る。もう一体が振りかざした爪をかわすところでもう一度息を吸い込み、吐き出すと同時に叩き割る。そうして彼は戦いの拍子を呼吸で測るように、避けては爪を叩き割り、かわしては叩き折り、一体の女ストレイゴイの片手までも切り落とす。

 「もっと良い作戦、思いついたぜソレル。」怯む女吸血鬼を尻目にアルベルドが口を開く。「おれがこいつらを全員を相手にする。今から道を開くから、あんたはラウのところに行ってくれ。」

 ソレルがスメアニフの口蓋を串刺しにしたままに近づいてくる。「油断するなよ、アル。」そう言うと、剣を振り上げ敵の脳天をぶちまける。

 「ああ、そのかわり必ずラウを救ってくれ、ソレル。」いつになく真剣な顔でソレルを見つめる。それから彼は鶚の爪を輝かせ、雷を孕んだ嵐のようにして、突進していく。



 男達の腕が無数に伸びてくる。ユニマイナの服を引き裂き、爪を立て肌を傷付ける。

 彼女の身体中には蜘蛛の糸が巻き付き、身動きが取れない。隣で不気味な魔法使いがその様子をただ見守っている。

 ついには杖を取り落とし、彼女の意識は朦朧となる。魔法を振るう集中力も消えていく。

 彼女は、他にできることが自分にはもうないことを悟ると、身を任せ脱力する。顔を空に向け、最後には舌をかみ切ろうと覚悟する。

 男達の腕の隙間から夜の闇がみえ、雲ひとつない空に星が輝いている。下半身が持ち上げられ、おぞましい男のものの気配が近づくなか、彼女はどこともなく向けられた願いを小さく呟く。

 「・・どうか、・・子どもたちを守って。」

 すると、視界から星が消え、夜の空に巨大な影が舞い降りてくる。

 邪悪な魔法使いもそれに気づき、素早く杖を振り上げる。しかし同時に空から降ってくる緋色の風を受けると、彼の身体はぎりぎりとしなりをあげて固まり、緋色の水晶のように硬直しはじめる。

 男達が離れていくのがわかる。ユニマイナは倒れ込み、天を見上げる。そこには空を覆い尽くさんばかりに巨大な怪鳥が低空飛行をしながら飛び回り、緋色の息を吐き出し、立ち所に男達の身動きを封じていく。

 「あれは、クォカトリス!」でもなぜ太古の森の魔獣が王都の上空に?彼女は白の塔を見つめ、それからもう一度上空を舞う怪鳥を見つめる。

 「・・まさか、あれは!?」

 巨大なクォカトリスは羽ばたきもせずに翼を風に預け、悠然と空を覆い尽くし、逃げ回る男達に緋色の息を吐き出し続ける。宵闇に消えたかと思えばまたその巨大な鶏冠を振るわせ、上空から降りてきては、残りの男達を輝く水晶へと硬化させていく。

 そうしてすべての暴漢どもの身動きを塞ぐと、翼を閉じて大地を踏みしめる。光を放ち、みるみるうちに縮んでいく。唖然とするユニマイナの目の前で、白い髭の小さな老人へと変容する。

 「ああ、アリアト様。」彼女は安心のあまり思わず崩れ落ちる。

 アリアトは彼女に目もくれずに、動きを止めた不気味な魔法使いを見据える。それから純白のローブを脱ぎさり、顕わになった彼女の肌に被せる。

 「油断をするなユニマイナよ。早くそれを羽織るのじゃ、すぐに闇の魔法使いは復活するぞ。」

 その声にユニマイナははっとなり、渡されたローブを羽織りアカシアの杖を掴み取ると、決然と立ち上がる。

 すると動きを止めていた闇の魔法使いがぶるぶると細かく蠕動をはじめ、クォカトリスの吹き付けた緋色の薄い膜がひび割れ、粉々に砕け散る。



 上空から巨大な怪鳥が舞い降り、砂塵の結界が消えていくのを確認すると、ハーシンは雄叫びを上げて手下どもに決着を促す。

 ルグは敵の魔法使いがクォカトリスの息で固まり、身体が楽になった隙にイナゴを取り払おうとするが、次々に襲いかかるスメアニフを捌いていくので手が取られる。

 重い身体を引きずり、転がり回りながらも隙を見て敵を切り裂く。攻撃が途切れるとすぐにイナゴを握り潰す作業に移る。

 「こりゃ忙しいな。」そう呟いてはみるが、いささか厳しい事態だということを彼は感じている。

 何体かのスメアニフと同時にハーシンが襲いかかってくる。ルグは一旦引いて距離を取ろうとすると、そこでぐっと身体が重くなる。魔法使いが復活し、黒いイナゴが再び噛みつきはじめたのだ。

 ハーシンのナイフはかわすがスメアニフの爪に深く腹をえぐられてしまう。後ろに飛び退いてもさらに追撃が続く。肩の傷口が鉛のように重く、どうにも素早く動き回れない。

 地面に転がる死骸に足を取られる。その機会を逃さず、すかさずハーシンが刃を突き立て、頭から突っ込んでくる。

 と同時に、その横から回転する大斧が飛んできて、ハーシンの胴を真っ二つに両断する。

 下半身を残して迫るハーシンは、あえなくルグに蹴り込まれ地面で数回弾んでもんどり打つ。

 「横槍、ならぬ横斧といったところだな。」ギジムはそう言いながら大地に突き刺さった大斧を拾う。

 「ありがとう、ギジム。ちょっと危なかったかも。」

 「・・“かも”か、ずいぶん危うそうに見えたがな。」傷だらけのルグを見てギジムは苦笑いをする。

 「ともあれ、行く手を阻んでいた奇妙な砂嵐が消えてよかったわい。」

 そう言われてみてルグはあたりを見渡すと、小屋を囲むようにして吹き荒れていた砂嵐がすっかり消えている。「ほんとだ。」

 「・・そうか。よかった。」そう呟きルグはニヒヒと笑う。

 「ねえギジム、向こうを手伝える?」そんなことを言う。

 ギジムが彼の指差す方を見ると、ユニマイナと見知らぬ老人が見るからに不気味な男と対峙しているのが見える。

 「それは構わぬが、お前、ずいぶん手酷くやられているように見えるがな。」ギジムは髭を撫でつけ、「・・それに。」と続ける。

 臓物を飛び散らしたハーシンの上半身とちぎれた下半身が、太い血管のようなもので結び合い、接合しようとしている。同時に、手下のスメアニフどもが数体が彼に噛みつかれ、血を吸われている。

 「ずいぶん年を重ねた吸血鬼のようだ、ありゃ手強いぞ。あいつを片付けてから向かうとしよう。」ギジムは斧を構えるが、ルグが傷口を押さえつつさらにその前に立つ。

 「大丈夫、仲間がいると使えない技があるんだ。」そう言い笑顔を向ける。「それにさ、ルロアたちを守るのが優先だろ?」

 ギジムはそれを聞くと、ルグの銀色の瞳を見つめる。

 「ルグ、死ぬなよ。」彼の言葉にルグはもう一度笑ってみせて、「あったりまえだよ、あんなやつに負けはしないよ。」と、あっけらかんと言いのける。

 そうしてギジムが去っていくのを確認すると、ルグは改めて吸血鬼どもと向き合う。

 スメアニフの群れの奥で、身体の修復を続けるハーシンがルグを睨む。その顔は怒りに燃えてはいるが、冷静さを取り戻したようにも見える。

 ルグは傷口を確かめる。肩と脇腹が深くえぐられていて、無数のイナゴが噛み付き、力を奪い続けている。どちらにしろ、このまま時間が経てば出血で立ち上がれなくなりそうだ。

 満身創痍のルグだが、にやりと笑うと銀色の瞳が輝き、風が集まりはじめる。そうして彼はどこともなく小さく呟く。

 「仇はとるよ、シィガラ。」



 「王になって、どうする気だ?」ラウが訊ねる。

 オーギジアルは手下が戦う方を一度睨むと、おもむろに話し始める。

 「・・人間どもは傲慢で愚かだ、ベラゴアルドに君臨するほどの種族じゃねえ。」眉間にしわを寄せ、歯を剥き出す。

 「・・ただ、いささか数が多い。その数の多さで世界を握ってるつもりでいやがる。」悲劇的な声色、哀しげな表情。彼はたったひとりの観客に向けて役者になりきり演技を続ける。

 「ストレイゴイをスメアニフを人狼を、ウルフェリンクやバードフィンク、そればかりじゃねえ、やつらはストライダまで疎み、自分たちより劣った存在だと思い込んでやがる。」

 その言葉にたったひとりの聴衆が黙って耳を傾けているのを確認すると、オーギジアルは言葉を続ける。

 「おれはそんな狂った世界に、自由と平等をもたらそうとしてるだけだ。」声を落とし物憂げに言う。

 ラウは何も言わない。ただ考え続けている。対峙した竜の少年が未だ剣を抜刀することもなく、自分の話に聞き入っていることに、オーギジアルは密かにほくそ笑む。

 そうこうしているうちに、手下どもの群れが騒がしくなる。奥から血と肉片が飛び散るのが見える。そうして、群れの中から灰色の髪の戦士が、光と灰を巻き上げ突進してくる。

 「ちくしょうめ。」オーギジアルは舌打ちをする。「もう少しだったがな。」そう呟くと、ラウにいやらしい目を向ける。

 そうしてオーギジアルは剣を振り上げると、「いま商談中だ、黙っとけよストライダ!」そう叫び、躊躇せずに血の波動を飛ばす。

 不意に飛ばされた波動が、赤い筋を描き驚くラウの横顔を通過して、ソレルに直撃する。刃が弾け飛び、彼の身体が吹き飛ばされる。

 「はっ!やったぞ!」灰色の戦士が血を浴びてくの字に倒れ込む様にオーギジアルは歓喜し、ふたたび剣を振り上げとどめの波動を飛ばす。

 するとラウが動き出し剣を抜刀する。力を込めて思い切り剣を振り抜く。波動が跳ね返り石床をえぐり、血の水たまりをつくる。ストライダを追ってスメアニフが飛び出してくるが、返す刃でラウはその腹を裂く。

 「言ってることが違うじゃないか!オーギジアル」ラウが叫ぶ。

 「違わねぇよ!竜!おれはたった今、降りかかる火の粉を払っただけだろが!これが平等だ!強いもんが上に立つ!」オーギジアルは思わず本音を叫び返す。

 「わかった。」ラウは彼を見つめながら、迫るスメアニフの喉元を切り裂き、手首を返してその心臓を突き刺す。

 「だったらもう、話は終わりだ。」オーギジアルに剣を向け、睨めつける。

 「そうか?おれはまだ話し足りねぇがな。」オーギジアルは驚きもせずに顎をさする。

 「お前はおれの質問に何も答えてない。お前の話はお前の事情だ。人間を殺すことの理由にはならない。シィガラに酷いことをして、ストライダを殺して、奴隷を売り飛ばすことが、正しいという理由にはならない。」

 「で、竜のくせに人間の味方をするか?お前こそ理由もクソもねぇな。」

 「味方してるわけじゃない。」

 「だったらなぜ戦う!」オーギジアルが歯を剥き出す。

 「戦うわけじゃない。」ラウは静かにそう言う。彼は痩せた子どもを思い出す。ダネアリでイーニアニで鎖に繫がれた奴隷たちを思い出す。ルロアやユユミやモリンの笑顔を思い出す。そうして彼は人食い吸血鬼を見据えてこう言う。

 「・・ただ、・・守ってるだけだ。」

 「はっ!」それを聞いたオーギジアルが吹き出す。

 「守ってる!守ってるだと!?だったらそこに転がるストライダはなんだ?お前がぐちぐち悩んでるあいだに、早速その守ろうとする者を、見殺しにしてるじゃねえか!」そう言うと、腹を抱えて笑いだす。

 「見殺しになどしてはおらんよ、ラウ。」

 オーギジアルの首がぴくりと蠕動する。彼ははじめ、その声がどこから発せられた声であるのか理解できない。しかし、血の波動が直撃したはずのストライダが無傷で立ち上がるのを見ると、すぐに怒りが沸騰し、こめかみの青筋をひくつかせる。

 ソレルは立ち上がりゆっくりとラウに近づく。

 「ラウ、わたしはてっきりお前が吸血鬼の二枚舌に惑わされているかとおもったが、・・どうやらそうではなかったようだな。」そう言うと彼はそっとラウの肩に触れる。

 「メチア殿が言うように、お前は気づかぬうちにいつでも成長していくのだな。」

 するとアルベルドが全身に返り血を浴びて、吸血鬼の群れから出てくる。二体のストレイゴイを殺された低級吸血鬼どもは、すっかり怖じ気づき、後じさりながら彼に道をあけていく。

 「ったくお前ってやつはよぉ。いくらこっちが心配してやっても、いつも勝手に走り出しやがって!」そう言うとラウに笑いかけ、目配せをする。

 「ごめん。アル、ソレル。」ラウは二人を交互に見つめる。「少しでも話を聞いてみたかったんだ。」ラウはそう言い、彼らは静かに頷き合うと、三人は改めてオーギジアルを睨めつける。

 「さあ、大将!決着を付けようじゃねえか!」アルベルドが吸血鬼の王オーギジアルにミスリルの双剣を向け、そう叫ぶ。



−その8へ続く

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