『パパの号泣出産立会い日記』
2017年5月、お腹の中の長女が産まれる予定日の話。
朝6時過ぎ。いつもなら、もう少し遅い時間まで夫婦でゆっくり寝ているのだけど、妻が布団の中で小さな声で呻き始めた。
どうした?と声をかける。
『もしかしたら陣痛来てるかも』
『え、そうなん?病院電話する?』
『んー、でも初めてだからこれが陣痛っていう自信ないし、もう少し様子みる』
『そうか』
『ねぇ』
『ん?なに?』
『お願いあるんだけど』
本で読んだか、誰かに聞いたのかは忘れたが、陣痛が来たら腰をマッサージして欲しいと求められるという知識は入れてある。それかなと思いながら『なに?』と返す。
『どうしてもトマトのパスタ食べたい』
『え?今?』
『今』
『え、まだ朝の6時やで』という返事を飲み込む代わりに『わかった』と吐き出し。ベッドからリビングに移動してキッチンの戸棚を漁る。
パスタはない。
あるのはレトルトのミートソースとホールトマト缶。
トマトのパスタとはトマトが入ってるトマト味が感じられるパスタであれば良いのか、つまりはミートソースでも良いのかと、寝室に戻り変わらず呻いている妻に問いかける。
『トマトのパスタ。ミートソースソースは食べたくない』
『そうか、わかった』と返答し財布を持ってコンビニに出かけ、パスタとベーコン、オニオンスライスを購入。
帰って玄関で靴を脱いでいると、寝室から聞こえる妻の呻き声は少し大きくなっている。
まだ陣痛とは確定していないが、このイレギュラーな発注も相まって、いよいよ出産かもしれないと感じ、急がなければならない気がしてきた。
お湯を沸かし、フライパンでオニオン、刻んだニンニク、ベーコンを炒めホールトマトを追加、ヘラでトマトを潰しながら塩胡椒で味をみる。
多分、求めてるのはこんな味かなというところで火を止め、パスタを茹で上げ、絡めてお皿に盛り付け妻を呼びに行く。
『パスタ出来たよ』
『うん、ありがと。良い香りしてる』
リビングを目指す妻の歩き方はいつにも増して辛そうだ。
椅子に腰をかけ、フォークでパスタを巻きとる。
時計の針はまだ7時前だ。
さっきまで辛そうに呻いていた妻だったが、よほどお腹が空いていたのか、ものすごい勢いでニンニクの効いたパスタを早朝から食べ上げる。その食べっぷりは出産前に大急ぎでエネルギー補給をしているかのようだ。
『あー、これが食べたかった』と感想を残して完食、訪れる痛みの合間を見て洗濯をしたり家事に勤しんでくれている。
痛みを感じながらも、なるべく通常モードで過ごしながら病院の診察時間が始まる9時がくるのを待ち、妻自ら電話をかける。
『朝6時頃から痛みがあって、、、、、』
症状を伝えている。
はい。と何度か返事をしているから、今後どうするかを教えてもらっているのだろう。
電話を終えた妻に聞く。もしかしたらすぐに病院に行かなければならないかもしれない。
『どうしろって?』
『今日、予定日だから多分陣痛だろうけど11時から検診だからその時間に来てくれれば良いって』
『わかった』と返事はしたが、こちらも結構ドキドキしてきているのに、『多分陣痛』という見立て。
病院は慣れているからなのか、落ち着いているものだなと思う。
あと2時間。そわそわする時間が続きそうだ。
数日前から突然なにがあっても良いように、玄関に入院セットは準備してある。
病院までは車で15分程度。すぐに出られるように、食器を後片付けして僕も身支度をする。
再びベッドに移動した妻の様子をちょこちょこ見に行くと、辛そうな時と眠っているような時がある。
陣痛とはどれぐらい続くのだろうか。
時間になり、妻を連れて駐車場まで向かうのだが、この頃には肩を貸さないと1人ではもう歩けない程だ。
なんとか車に乗せて、病院までの道を急ぐ。
当然荒い運転をするわけはないのだが、妻から『もうちょっと振動ないように走って』と注文が来た。むしろいつもよりかなり丁寧に走っている。マンホールの継ぎ目のわずかな振動、そんなものでも今はひどい痛みにつなかっているようだ。いよいよその時が近づいているのを感じる。
妻の呼吸音が車内に響く。かなり辛そうだ。
病院に到着し、歩くのを補助しながら診察室へ。
『ん〜、確かに少し子宮口は開いてますけど、初産ですからまだまだ時間かかるでしょうね』
え、こんなに辛そうなのにまだまだ時間がかかるのか?
『ちなみにどれくらいですか?』
妻に変わって質問した。
『んー。なんとも言えませんが、早くて今日の夜、遅くて明日の朝って感じですかね』
え、まじか?こんなに辛そうにしてるのに、これよりもハードな痛みが朝まで続くのか?出産てこんなにも大変なのかと驚きを隠せない。
『どうしますか?一回ご自宅に戻られますか?まぁちょっと早いですが一応入院も出来ますよ』
一回帰る!?!?
妻の様子を見れば、そんな選択肢あるわけなく入院させてくださいと即答。
即答できたのには、1つ後押しされた理由もありました。
ちょうどこの日は、パン屋のフクオさんとして出演させていただくミュージカル魔女の宅急便の稽古日。
皆さんもご存知のように、愛に溢れた優しい作品で、それに携わるスタッフも当然優しい方々ばかり。
ある日の休憩時間に演出の岸本さんから『赤ちゃんが産まれるってなった時が、ここの稽古だったらマジで遠慮なく休んでください!絶対付き添ってあげてください!』との言葉をいただいており、その優しさに甘えさせていただくことにした。
入院の手続きをしながら、両家の両親への連絡と稽古場に産まれそうなのでお休みさせていただく旨を伝えて、部屋に運ばれた妻の元へ急ぐ。
この時点で正午ぐらいだったように記憶している。
ドアを開けると息が荒くなり始めた妻が、お腹になにかしらの機材をつけられベッドに横たわっている。
諸々の手続き連絡が終わったと苦しむ妻に伝えたが、返事の言葉はなく、小さく頷いただけだった。
何かしてあげたいのだが、何をしてあげたらいいのかわからず、もどかしさだけが募る。
部屋には妻の荒い息使いと、機械の電子音だけ。
男は無力だと感じる。
今一度、担当医の言葉を思い出す。
『早くて今日の夜』
本当にそんなにかかるのか?
出産に立ち会うのはもちろん初めて。
今の妻の様子は、ドラマや映画ならすぐにも産みそうなほどの様相である。
リアルと芝居はそんなに乖離しているのか?
いや、俳優さんだってリアルに見せるため相当に勉強研究しているはずだ。
そう思い、スマホで調べる。
【陣痛 産まれる直前】と入れ検索。
個人差はありますが、不定期に訪れる痛みが1時間おきから、だんだんペースが短くなり、10分おきとなり、出産直前は2分おきにコンスタントに痛みが来ますとある。
スマホでストップウォッチを起動する。
呻き声が落ち着き、呼吸が少し落ち着いたところでストップウォッチスタート。
10秒、、、30秒、、、1分、、、2分。
『ゔゔゔー!!!ゔゔうー!!!、、、、、』
呻き声が落ち着く。ストップウォッチスタート
10秒、、、30秒、、、1分、、、2分。
『ゔゔゔゔゔー!!!!ゔゔゔゔー!!!!』
え?2分おきじゃね?
これって2分おきじゃね??
もちろん苦しむ妻に『2分おきじゃね?』なんて言えるはずもなく。ドアを開け、近くを歩く助産師さんに声をかける。
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