見出し画像

魚屋に漁師、飲食店まで。大好きな海の世界で生きてきた人生。電柱の上で死を覚悟した震災から、再び魚の仕事に戻るまで。

フィッシャーマンジャパンには未来の水産業を作るため、多岐にわたる仕事があり、様々な背景を持った人が働いている。ここではどんな仕事があるのか、誰がどんな想いで働いているのか?インタビューを通して働き方や生き方を考える。

今回は、『ふぃっしゃーまん亭』
海鮮丼の常識をくつがえし、最新の冷凍技術を使って、あえて店頭で捌かない海鮮丼の店を作った。水産業の常識を打ち破る、FJの挑戦の場である。

そんな異色の店舗を支えてきた、店長北野。
魚屋から漁師までどっぷり海の世界に入りつつ、時には回線工事からダンプの運転手まで。東日本大震災の激動の流れに揉まれつつ、やりたいことに真っすぐに、ここまでやってきた。

好きなことを仕事にするのは、手の届かないものではない。でも、好きだけでは生きていけない。FJ社員のリアルな人生を垣間見て見えたものとは。




お店で魚を捌かない?!最先端を行く海鮮丼のお店ができるまで

ふぃっしゃーまん亭は、2021年に仙台空港にオープンした。

仙台空港2Fにあるふぃっしゃーまん亭

産直の鮮魚が強みだった漁業の街、石巻。しかしコロナ禍による外食産業の停滞、人材の確保難、家事の時短という世の中の流れの中で、生の魚にしがみついていてはだめだと完全に冷凍に振り切った

冷凍でも最新の技術で十分美味しく食べられるし、捌かなくていいので少人数で運営でき、接客にも注力できる。AIを活用すれば食品ロスも削減できる。

コロナ禍で軒並み飲食店が苦戦する中、未来への希望として、今できる技術をフル活用して効率化と美味しさを両立させる店舗をスタートさせた。

海のサステナビリティを美味しく伝えていく場所

FJでは水産業をアップデートするための様々な事業を行っており、ふぃっしゃーまん亭は、飲食店を通して水産業の課題にチャレンジするという場である。

環境に配慮したASCやMSCの魚を使うことで、一般消費者にも認知度を高めること。冷凍技術の進化により、高い鮮度で美味しい魚を食べられるという証明の場でもある。

石巻を始め、東北、ひいては日本の美味しい魚を沢山の人に食べてほしい。そして水産業の抱える問題に少しでも関心を持ってもらい、行動してもらうための仕組みが詰まった店舗である。

ふぃっしゃーまん亭で店長をする北野もまた、やりたいことに素直に、自分と真っすぐに向き合う人生を歩んできた。

イカの街で育ち、漁師になりたかった幼少期

北野は、漁業が盛んな街、青森県のむつ市で生まれた。イカが有名なところで、朝起きれば、近所の人が釣ったイカが玄関に置いてある、そんな海と自然に囲まれた土地で育った。

朝晩、食卓に必ず魚が出てきた記憶があるという。もう勝手に魚が好きになっていた。

父親は遠洋漁業の仕事をしていた。「一度海に出たら3~4ヶ月は帰ってこないんですよ。でも、家にいるときはよく釣りに連れて行ってくれました。」中学校の頃にはなんとなく魚の仕事をしたいと思っていたそうだ。

漁師に憧れていた中学生時代の北野

電柱の上で死を覚悟した東日本大震災。再び魚の仕事に戻るまで

高校を卒業して、地元で大手の魚屋さんに勤めた。魚を氷詰めにしたり、市場便に乗せたり、幅広い仕事をすることができた。残業などが大変だったこともあり、転職。その後はゴミ収集の仕事をやった。

東日本大震災の時は、光回線の工事の仕事中で、電柱の上にいた。かなり揺れて電柱同士がぶつかって火花が散って、電線がバリバリ言っていた。「俺、死んだな」と思ったが、なんとか生き延びた。そして仕事はなくなった。

仕事を探していた時に、たまたま検索して1番目にヒットした北海道での養殖業の仕事。「東北は大変な状況だし、これは運命かもしれない」と思って家族で北海道の旭川へ引っ越すことに。

養殖の仕事はとても魅力的だったそうだ。魚の卵を絞って、受精させて、孵化させて、大きく育てる。そして料亭や旅館、釣り堀なんかに運ぶ。卵が生まれる前から、売るところまで、全部任せられて非常にやりがいを感じていたという。

しかし、復興工事で急激に人材需要が増加。知り合いからどうしても土木の仕事を手伝ってほしいと懇願され、家族で石巻へ。

大型ダンプの運転手となるが、ずっと座りっぱなしの仕事で神経系の病気を発症してしまう。その後震災特需が落ち着き、土木の仕事は下降していく中で、「やっぱり魚の仕事がしたい」と想いを改めた。

今一度、魚の仕事を探し始めて、奥さんが漁師の募集を見つけてくれたのだ。それがフィッシャーマンジャパンとの出会いである。

FJが水産業の担い手を育成するプロジェクトに参加することになり、幼少期からの夢、気仙沼で20トンの船の”漁師”になった。
1メートル先がどうなっているかわからないような広大な海で、何が取れるかわからない面白さや楽しさというのは漁師の魅力だと思う。」とその魅力を語る。大好きな仕事ではあったが、再び持病の神経痛の悪化などで継続が難しくなってしまう。

仲買人の頃

ちょうどその頃、FJでは飲食店に魚を卸す業務の人材を探しており、「仲買人」の仕事を任せられる。うまい魚を目利きして買い付け、飲食店に卸す仕事だ。

しかし、コロナの影響で飲食店からの需要は減り、またしても仕事がなくなりかける。そんな中、すでにFJがスタートしていた『ふぃっしゃーまん亭』の店長をやってみないかと声をかけられた。

紆余曲折はあれど、魚の仕事がしたいという自分の本心を忘れなかった。それに、奥さんが地元の高校の同級生で、魚のことも、北野のこともよく理解してくれていたのが支えになったという。

戸惑いしかなかった飲食店の店長という仕事

飲食店は初めての北野。今まで生の魚を捌いたり売ったりする仕事をしてきた人間からしたら、料理をする仕事は正直嫌で、モチベーションはマイナスからのスタートだったそうだ。

でも、やり続けたらいい意味で慣れてくるもの。「少なからず魚には携わっているし、魚を売っているのには変わりないので、違う部分で楽しさが見いだせるようになってきた。」と語る。

やりたくなくても、やるしかねぇ

会社員たるもの、やらなきゃいけないことはやるしかない。竹をスパッと割ったような性格もあり、目の前の課題に対して、どうしたらいいのかを考えるように切り替えた。

スタッフとのコミュニケーション、売上が上がらない、それ以前に店を回さなきゃいけない…あれもやらなきゃ、これもやらなきゃと、とにかく目の前のやることに、いっぱいいっぱいだったそうだ。

ふぃっしゃーまん亭はスタッフが8人ほど。もちろん、言いたくないことも言わなくてはならない立場。「何をどう伝えるか、常に悩んでいる。」と言う。それに、当時も今も、パソコンの仕事は大の苦手だ。いろんなものと日々格闘している。

「でも、お客さんから、美味しかった、また来ますと言ってもらえると嬉しいし、頑張ろうと思える。」と明るく話していた。

店長という仕事も、最初はやりたくなかったが、やらなきゃならないという意識になり、今は割と面白くやっている北野。だから、会社から何か話を振ってもらえたら頑張りますというスタンスを貫いている。

「好きなことはとことんやるし、興味ないことはやりたくない。でも、やりたくないことでも、やってみると何か見えてくると分かった。」と様々な経験を経て思えるようになったという。

飲食未経験の北野が店長に抜擢された時、「経験不足でも北野さんならきっと出来る。根拠はないが信頼して未来を託そう」という会社の想いがあったそうだ。


自分の目線で水産業と向き合えればいい

水産業を変えたいとか、大きいことはあまり考えないが、自分たちが食べるものでちょっとでも海を豊かにする行動をしようというのは、お店も通じて伝えていきたいと思っている。」と素直に語る。

「ASCやMSCの魚を食べるというのは、本当にちょっとしたこと。でもそれをして環境が悪くなることはないし、ちょっとずつだからこそやらないと変わらない。自分なりの水産業との関わり方ができたらいいんだと思う。」と飾らない真っ直ぐさを貫いていた。

以前、FJでやっているプロジェクトがニュースになったときがあり、娘に「パパ、なんで教えてくれなかったの」と言われたことがあるそうだ。

「どうやら、少しは興味があるらしい。自分が直接関わっていないが、グループ全体としての活動に興味をもってもらえて、自分たちがしている仕事が誇らしかった。」

やっぱり自然が好き、いつかは養殖もやりたい

いつか養殖の仕事をまたやりたいと思っている。もしFJが会社として養殖事業をする時には、自分がやりたいとは伝えているそうだ。

「日本でも海外でも構わない。北海道で仕事をしていた時のように、自然が溢れる場所で、山があってきれいな水が湧いていて、ヒグマが歩いていて、2メートル歩けばナメコが取れる、そんな場所でいつか魚を育ててみたいと思っている」と夢を語る。

水産業との向き合い方は社員それぞれ。でも目指す景色は同じ。

自分のやりたいことや好きなことを仕事にできる人は特別に思えるかもしれない。そもそもやりたいことが見つからないというのもよくある話だ。

北野のように、好きなことを仕事にしても、離れることもある。好きでもやりたいことと違うこともある。でも、来るもの拒まずいろいろやってみるからこそ、そこから見えてくるものもあるのだ。

フィッシャーマンジャパンは、未来の水産業を、それを支えるプラットフォームである海を守るべく、今日も水産業の課題と真っすぐに向き合い続けている。

社員それぞれ、日々向き合っているものは違うかもしれないが、水産業をよくするという目指す景色に向かって一緒に航海している。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?