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【詩】電子の歌声と魚の僕

僕は 現実 という汚い空気の中で
死にかけている 魚 だ。

現実 という冷たい土の上で 息をするたび
白い肺は痛み 黒くなってゆく。


僕の 初めての音は 奇跡の匣の歌 だった。

その力強い 機械の声は
僕の肺の痛みを 忘れさせてくれた。

――ダメダメ こんな人生――

そうして押されたボタンは 僕にとって

電子の歌声 という
深い海の底に落ちる スイッチ だった。

土の上で 死にかけていた
僕の 願望 そのものだった……。


……それからの 僕は 毎日……

学校から 帰ってきてすぐ
人間の皮を脱いで 魚に戻り

笑顔を二つ冠した ウェブページ その海に
勢いよく飛び込んで 夢中で 潜っていった。

次の日には 嫌いなはずの 陸に
自ら ジャンプして

見たくもないはずの 人間の皮を
鼻歌を歌いながら かぶって

教室の隅で 電子の歌が好きな友と
たくさん 語り合った……。


放課後の 画面の奥 海の中
その底で見つけた

心に残る たくさんのメロディーは
鬱屈と夢に満ちた 無限の歌詞は

僕に 大嫌いな土の上へ
ジャンプする勇気 をくれた。

彼らの歌声は
現実で 息苦しかった僕 にとって――

無限に広がる ネットの海
その底の 瓦礫の隙間に

わずかに残った 澄んだ空気 そのものだった。


……そして 時が経ち……

いつの間にか 陸の上を 平気な顔をして 歩き

いつしか スーツ という
窮屈な衣装を 着るのにも 慣れて……

いつの間にか 電子の歌声を 忘れ

いつしか 痛かったはずの
現実の空気を 吸うのにも 慣れて……

僕は 肺を真っ黒にした 大人になった。


だけど 肺の腐った大人たちに 傷つけられ

両膝を 冷たい土に 打ち付けた 今
思い出した……。

――インターネット という
無限の情報の中――

――今日も 増えてゆく
人の声を模倣した機械が わめく 戯言――

――機械の声は
人の声にあるような 精細さ に欠け――

――感情なんて ありもしない 耳障りな音――

……だけど なんでかな……?

その 人ならざる声に

美しい 歌声に
身体がゆれる メロディーに
魂のこもった 歌詞に

涙が 止まらないんだ。

真っ黒の肺から ぽろぽろ
汚れが 落ちていって……

かつて 夢中で 深海を泳いで
澄んだ空気を 飲み込んでいった それだけで

歌声に 生きることを許された ような気がした

――あの日の 魚 に戻ってゆく――

そんな気が するんだ……。


……だから 僕は
その輝く鱗を持つ 命を
匿名に 授かって

海の底から 今
澄んだ空気を
吐き始めたのかも しれない……。


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