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もうなにをやってもあかんわ


2023年3月3日(金)朝の6:00になりました。

もうなにをやってもあかんわ。もうなにをやってもな。

どうも、高倉大希です。




「なにをやってもあかんわ」というタイミングは、誰にだってあるものです。

「もういっそ一生寝たろかな」と思う日もあります。


先日、こんな記事を書きました。

「コントロールできない他者を本当の意味で期待してしまうことは、苦悩のもとにしかならない」という記事です。



ここでは「他者に対する期待」について書きましたが、きっとこれは「自分に対する期待」にもおなじことが言えます。

「なにをやってもあかん」という事実に頭を抱えてしまうのは、「本来ならばできるはずだ」という期待が手前にあるからです。

「できる」が前提にあるからこそ「できない」に悩むのです。


冷静に考えてみると、そもそもなぜ「できる」と思っているんだという話です。

そんな出来のよい人間だった実績なんて、過去にはひとつもありません。

出発地点は、本来「できない」であるはずなのです。


それでもなぜかわたしたちは「できる」を前提にしてしまいます。

他者からの期待も相まって、できなきゃいけないと思い込んでしまうのです。


周りが、「ああ、名人が登場した」「天才が現れた」などと褒めそやしたりします。それで思わず、「自分は本当に天才なのかもしれない」と思ったりするわけですが、実はそれが壁なのだと世阿弥は言うのです。それは、その時々の一時的な花に過ぎない、そんなところでのぼせ上がるのはとんでもない。そこにまさに初心が来るのです。

土屋恵一郎(2015)「100分 de 名著 世阿弥 風姿花伝」NHK出版


世阿弥が残した「初心、忘るべからず」という言葉は、まさにこういうことなのだろうなと思います。

「できる」を出発点にした時点で、「なにをやってもあかんわ」に苦しむ未来がはっきりと見えているわけです。


是非の初心、忘るべからず。
時々の初心、忘るべからず。
老後の初心、忘るべからず。


決してネガティブな意味ではなく、わたしたちは本来「できない」のです。


実際のビジネスでは、上司や周囲が温かい目で見守ってくれることは極めて稀だ。意識変化と行動変化のタイムラグと戦うのは自分だけの場合が多い。周囲からは遠慮なくガッカリされるから覚悟しよう。それでも意識変化と努力を継続することをやめてはならない。何度も同じ失敗をしても、あきらめずに上書きし続けることによって、君は新たな行動パターンを獲得できるだろう。

森岡毅(2019)「苦しかったときの話をしようか」ダイヤモンド社


なぜ「できる」と思っているんだ。

びっくりするくらい「できない」から、安心してください。






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