偶然と必然 第5話 〜彼女の視点〜
21時35分
「うん、わかったわ。はよおいでや」
マスターは携帯電話を切って、優しく言う。
「彼やけど、あと30分位で来るみたいやから、ゆっくりしてってね」
そう言い残し、マスターはカウンターへビールを取りに戻る。
君はホッとする。
彼は来る。
君は時計を見る。
少し、帰りの電車も気になる。
よく冷えたハイネケンの瓶が君の前に置かれる。
ありがとう。
君はマスターに微笑む。
君はビールを少しだけ口に含む。
「そうそう彼ね、スキンヘッドしたからびっくりしますよ」
マスターは楽しそうに言った。
「えっ、そうなんですか?」君は少し驚く。
「そう、あの頭だけでも一見の価値はあるわ~」
何だか、とても嬉しそうだ。
あいつのスキンヘッド・・・。
怖そうだ・・・。
昔はどんな髪型だったっけ?
もう忘れたなあ。
そう言えば、ここに来るのは何十年ぶりだろう?
初めて来たのもいつだったかな?
遥か昔のような気もするけど、つい最近のことのような気もするし・・・。
時間の流れは不思議だ。
そもそも、私がこの街に帰るのも久しぶりだ。
たまたま、ふと思い立って来てみたら、まだこのバーが開いていた。
懐かしくて、つい入ってしまった。
君の席からは店が見渡せる。
週末の夜。店は少し混んでおり、マスターは忙しそうにカウンターとホールを行き来する。カウンターには中年のカップル。真ん中のテーブルは仕事帰りのサラリーマンの3人が楽しげにに笑いあう。窓際の席は向かい合わせの小さなテーブルで、君の近くには若いカップルが、初々しいデートの最中だ。
そして、君はある事実に気付く。
今、このバーで、独りでいるのは君だけだ。
君は少し孤独感を感じる。
孤独感。
君がこの世で最も嫌いなものの一つ。
孤独感。
ギュッと胸が締め付けられる。
君は少し苦しくなる。
ビールを体に流し込むと、少し苦しさはやわらぐ。
あの人は独りで飲んでいて寂しくないのかな?
君はふと、そう考える。
もっとも、あいつなら大丈夫か・・・。
カウンターの端っこに腰掛けていた彼の姿を君は想い出す。
君はもう一口ビールを飲む。
こんなに、ゆっくりビールを飲むのは久しぶりかもしれない。
窓の外に眼をやるが、特に面白いものはない。
ただ、車と人が流れているだけだ。
ヘッドライトとテールライト。
中島みゆきの歌みたい。
旅はまだ終わらない。
そんなことを考えながら飲んでいると、時間はあっという間に過ぎる。。
君はちらりと時計を見る。
21時55分。
ふ~、と息を吐き、君は少し微笑んでみようとする。
でも、窓ガラスに映った君は上手く微笑むことができない。
やっぱり帰ろう。
ここに来るべきじゃなかったのかもしれない。
<続く>
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