「リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください」を読む

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1 LGBTの権利を擁護する人は「リベラル」なのだろうか?

 今の日本では、反原発を唱える人々や自衛隊を違憲だと主張する人も一緒くたに、なんとなく「左翼」≒「リベラル」という意味で、この言葉が用いられている。

 だが、「リベラルとは何か?」と聞かれて、「リベラル」言説を批判する人だけでなく、当の「リベラル」本人達も、その問いに答えられる人はほとんどいないように思う。
 ある概念を巡ってその当否を議論するのであれば、まずはその概念の意味内容を確定する作業が必要である(議論の前提作業とすら言える)。

 本書は、日本の法哲学の第一人者である井上達夫先生が「リベラルとは何か?」について、一般向けに書いたモノである。

2 井上先生の「リベラリズム」に対する考え方の骨子は次の通りである。
 
 「正義」がリベラルの核心であり、そこでいう「正義(概念)」が普遍化可能であるためには、次の3つのテストをクリアしなければならない。

 ①「反転可能性」。自分の他者に対する行動や要求が、自分がその他者だったとしても受け入れられるかどうか?
 ②「ただ乗り」の禁止。自分が便益を得るだけで、負担は他者に転嫁するような姿勢は許されない。
 ③「ダブルスタンダード」の禁止。

 そして、この「正義(概念)」は、普遍的な命題として、個々人の人生観によって異なり得る「善」からは独立し(「正義」の独立性)、なおかつ、「善」と「正義」が衝突する場合には、「正義」が「善」を制約する(「正義」の制約性)。
 
 「善」が「正義」に優越すると考える・・・初期サンデルのような・・・「コミュニタリアン」と、「正義」が「善」に優越すると考える「リベラリズム」は、この点において決定的な違いを有する。
  
 「リベラル・・・は、善き生の構想の追求を諸個人の自立的探求にゆだね、多様な善き生の構想を追求する人々が相互の生き方を公正に尊重する共生の枠組みとして正義原理を捉えます。
 このような正義原理は、政治権力がどれか特定の善き生の構想に他に優越する特権を与えることを許さない。
 善き生の諸構想に対する正義原理の独立性と制約性が要請されるのはそのためです。」(井上達夫『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』毎日新聞出版 90頁)
 
3 井上先生は、「リベラル」を以上のような意味に解した上で、第1部において、現代日本における各種の政治的諸問題と「リベラル」の関係について手厳しく批判されている。

 特に、「従軍慰安婦問題」を始めとする「戦争責任」について、「ドイツは日本よりもずっと立派にその清算を行った」という神話が誤謬であるという指摘。
 そして、「天皇」は、反民主的だからではなく、民主的奴隷制だから廃止せよ(天皇・皇族には職業選択の自由を始めとする各種基本的人権が事実上保障されていない)という主張については、自分の思想的立ち位置が左右いずれかを問わず、一読しておく価値があると思う。

 本書の内容に対して「論理的に」反駁するのは非常に困難だが、あえて私の個人的感想を述べるなら、井上先生が「価値相対主義」に触れた次の一文だろうか。

 「価値相対主義は、「自己の価値判断を絶対化するな」というまともな動機から出発しながら、「価値判断の妥当性は判断主体に相対的だ」という間違った命題によってこの動機が表現できると錯覚した。
 その結果、この動機とは正反対の立場、われわれに自己の価値判断を独断的に絶対化させる立場に陥っている。」(同書83頁)

 確かに、「価値相対主義」は、自己の主観的確信を価値の最終的な根拠とする(だから、自分にしか通用しない「価値判断の正しさ」を他人に認めるよう強要する事は出来ない)。
 だが、「相対化」の対象が、自己の価値判断「基準」に対してまで及んだ場合どうなるか?その場合、いかなる価値判断にも確信が持てなくなる結果、「価値相対主義」は単なるニヒリズムに堕してしまうだろう。

 このような見解を耳にした事はないが、私は「価値相対主義」者として、それがニヒリズムに陥る危険性を踏まえた上で、「人間誰しも判断を間違いうる」事を根拠に、他者の価値判断に対しても寛容であるべきだと考えている。
 加えて、私の個人的経験から言って、個人の「価値判断」は多分に己が育った共同体のあり方に規定されている所が大きいと感じているので、「価値判断」については「相対主義」を取りつつ、「リバタリアン-コミュニタリアン」(「リベラル-コミュニタリアン」ではない)のような立ち位置が可能ではないのか?と悩み続けている。

 私の感想について井上先生はどのような評定をされるだろうか?


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藤田 正和
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