エコとエコ

1 私が知るある人は、ブラジリアン柔術(BJJ)のギ(道衣)を山のように所持している。
 
 稽古場で会う度に、彼はいつも違うギを着ている。
 しかも、BJJに興味のない人には分かりにくい話で恐縮だが、彼が着ているのはShoyorollやMOYAといったハイブランド品ばかりである。

 以前彼に「君は金持ちなのか?」と聞いてみたところ、「いや、ギはメルカリで新古品を買っている」と答えた。
 彼の語りは続く。

 「メルカリはいい。
 世の中には、BJJを始めようと奮発して高いギを買ったはいいが、練習のハードさに耐えきれなくて、すぐに辞めちまう奴が大勢いる。
 そういう連中が捨て値で出品したのを、俺が定価の半分とか1/3で入手できるのだから、こんなにオイシイ話はない。
 すぐに辞めちまうくらいなら、最初から高いギなんか買わなきゃいいのにな?」

 この話を聞いて、私は複雑な気持ちになった。

2 私も、メルカリは、身体に合わず着なくなった服を売るのに何度か利用したことがある。
 
 今の私を知る人には想像も付かないだろうが、若い頃はコム・デ・ギャルソンを着ていた事もあった(着れなくなった今でもコム・デ・ギャルソンは好きである)。
 当時(20年前)、私が着ていた服をハイブランド品を専門とする買取業者に持っていくと、未使用品でも定価の1割~2割程度の買取価格しか提示されなかった。
 ハイブランド品は翌年以降になれば売れなくなるから、在庫リスクを考えると、その買取価格は仕方がないと思うが、(オールデンのローファーのような)定番品も定価の一割しか付かないという状況には疑問を感じていた。

 メルカリをはじめとするネット上のフリーマーケットが登場したおかげで、とりわけ定番品の売買については、私がその品物に対して抱く主観的価値と客観的価値(市場価格)のギャップがかなり解消されてきたように思う。
 
 メルカリの存在は、捨てればゴミだったモノに値段が付くようになった(だから、ゴミとして処分される機会が大幅に減った)という意味でエコロジーであるだけでなく、(20年前と比べると)価値のギャップが解消されて、中古品が需給バランスに合わせた適正な価格で売買されるようになったという意味でエコノミーでもある。

3 冒頭のやり取りに話を戻すと、「 BJJを始めようと奮発して高いギを買ったはいいが、練習のハードさに耐えきれなくて、すぐに辞めちまう奴が大勢いる」という彼の仮説が正しければ、BJJの練習を始めて一月足らずで辞めてしまった人々にとって、彼・彼女らが高いお金を出して買ったギは、見るのも嫌な思い出が詰まった忌まわしき存在なのかもしれない(=ゴミ以下のマイナスの主観的価値しかない)。
 
 それとは正反対に、ギは終局的には消耗品に過ぎないから、中古でも構わないので安くこれを手に入れたいというBJJ実践者も大勢いるだろう。
 そして、それがハイブランドのお洒落でカッコいいギであれば、なお結構という所ではないか。

 つまり、あるハイブランドのギひとつを例に取っても、片方に「安くで手に入るなら、少々コンディションが悪くても構わない」という人がいて、他方に「見るのも嫌だから処分したい」という人がいるならば、需要と供給の均衡が成り立つので、そのギには市場価値が生まれるのである。

 特に「見るのも嫌だから処分したい」という人にとっては、新品同然のギをゴミに出すのは、高いお金を出して買った時の事を思うとなかなか踏ん切りが付かないが、相応の対価を得て、新しい人に使ってもえるならば、嫌な思い出と一緒にそのギを手放す決心を促す効果があるのではないかと推察される。

4 ギを巡るメルカリのやり取りは、売り手と買い手の双方にとってWinWinの関係になる。

 しかしながら、本来BJJでは誰もが好きなギを着て、稽古を楽しみ続ける事が出来るのが理想だろう。
 
 ウチの道場には指定のギが存在しないので、新規入会者にはブルテリアの一番安いギを買うよう勧めている。
 ブルテリアの一番安いギがコストパフォーマンスに優れているからというのも勿論だが、彼ら彼女らが将来的に稽古を辞めてしまう事になったとしても、その値段ならば後悔の念が少なくて済むだろうと考えた結果である。
 
 BJJに限らず、新年度や新生活等なんらかのきっかけで新しい事にチャレンジしようと思い立ったはいいが、そのチャレンジが上手くいかないという人は少なからず存在すると思う。
 チャレンジが上手く行くかどうか?は、本人のやる気や能力だけではなく、運にも左右されるから、失敗して辞めてしまうのは悪い事ではない。
 そして、そういう失敗の傷を癒すのにメルカリが役立っているのは間違いないと思う。

 ただ、せめてウチの道場で柔術を始めた人には、せっかく買ったギを出品しないで済むよう、一人でも多くの会員さんが稽古を続けられる環境を作るべく今後も努力していきたい。
 

 

この記事が参加している募集

#SDGsへの向き合い方

14,700件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?