スキゾフレニアワールド 第二十九話「悪魔」

「着替えはまた明日持ってくるからね。お父さんは先生と今話してるから」
「うん」
「職場の方にはさっき言った通りよ。何も心配要らないわ」
「有難うお母さん」
「何か言いそびれた事は無い? 何でも言って」
「入院生活はすごく暇なの。だからといってやる事も限られるし」
「……そうね。焦っては駄目ね」
「涼子。母さん。終わったよ」
「有難うお父さん」
「じゃ、行くからね。こっちは全く心配無いわ。ゆっくり体を休めて」
 窓の外から家へ帰る車をただ見ていた。三十分という面会時間は私に両親の愛情という潤いを与えてくれた。眠気と怠さは相変わらずだが、こうして一週間に何度か会える事は私にとっても何よりの薬だった。この真黒な生活を照らしてくれるのは周りの僅かな愛という名の光。其れでも其れ等は一途に輝きを放って私の心を優しく照らしてくれる。私はまた一つ生きる希望を貰った。自分の事情なら自分が一番良く分かってる。今はスマホですら悪い毒だ。隔離病棟は三ヶ月という私の大切な青春を無情にも奪い取って行く。其れでも、私には愛がある。其れを思えば乗り越えられない事など無かった。私が歩む人生の道は底を踏み締めればギシギシと音を立てるが、自分の肩身を支えてくれている物なら沢山有る。その危険な橋を渡り切ったら、その合いの手が待っているのだろう。彼の手が。その先に見える物は。でも焦る必要など無い。全面的にバックアップをしてくれる。私はゆっくり目を閉じて一人、ベッドの中へ微睡む意識を沈殿させた。

「イギリスに元彼? そんな事が?」
「ああ。支援学校に居た頃だ」
 僕は梅澤の母親の葬儀の帰りに数人と御飯へ行っていた。皆彼女の事は記憶の中で覚えている様だ。僕と彼女が恋愛関係に有る事は誰も知らない。
「そうか。雨宮も大変だな」
「閉鎖病棟で隔離……可哀想に」
「今現在は療養が最優先。だな」
 静まり返る宴会の席。梅澤が口を開く。
「お袋から教わった事は数多い。障害者であれ幸せを願う事は何ら俺達と変わらないんだ」
 僕が口を開く。
「そうだな。彼女がどういう人生を歩むかは彼女の一存で良いと思うべきなんだ」
「言うね、ニートの輝君」
「俺の下で働かないか? ゲームアプリの会社立ち上げたんだ! 社長業は最高だぞー」
「その前に女だろ? なっ!」
「興味無いね」
 そう……此れで良い。此れで良いと僕は思う。喪服と云う今の涼子の心情に似た真黒なスーツに身を包み僕等の青春はまた一つ終わった。梅澤と同様、僕もまた一つ次のステージのエリアへと足を踏み入れていた。其れが天使の囁きか悪魔の手招きか判らない。言える事は、僕等の高校時代には精神障害者の統合失調症の雨宮涼子という人間が関わっていたという事実だ。其の過去だけは永遠に変わることの無い事象だ。

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