スキゾフレニアワールド 第二十七話「最期」

 俺に出来る事は其れ位だった。
 俺は毎日早朝三時に起床しては仕事に出かける。早起きは慣れて来たが、母親を起こす訳にも行かず、忍び足も身に付いてきた。仕事上人に必要とされる事はとても嬉しくて俺は誇りに思う。俺が稼げる給料など家計のこれっぽっちも満たして居ないがそれでも、此世でたった一人の俺の母は笑顔で迎え入れてくれる。生活苦は今後も課題だが、俺達なら笑って過ごせる。此の大きな健康な身体は親からの贈り物で大切なプレゼントだ。仕事は体力を酷使する。其れは高校卒業も変わらず、此の新聞配達員の仕事を辞めて工事現場のアルバイトもそこそこ板に付いて来た。全ては家計と愛する母親の為。女手一つで俺を育ててくれた為。俺は戦う。朝から晩まで働き抜いて生きてゆく。元気に汗を流して精を出して尽力する事が此の社会で生きる意味なのだから。苦しい現実から目を背けず、正々堂々と闘い抜く。俺には其れだけの技量と器が有るから。俺は其れだけなのだから。障害を持った母は今日も一人、涙を流して枕を濡らしている事だろう。躁鬱病は歴とした脳の病気だ。俺は其れを心の底から支えたいと願う。此れが俺達梅澤家に与えられた現実の課題の使命とやらならば喜んで胸を張って其の砂利道を這い上って行こう。此処が所謂正念場。最早他意など皆無。ただ、働き抜く。そして、死んで行く。此れが俺の運命だ。誰にも邪魔されたく無いし迷惑も掛けたくない。親の面倒は息子の自分が此の一生を掛けて見る。例え此の身が滅びようと。母が施設に入った時、受け入れ場所が整った時、俺がどれだけ嬉しかった事か。母さん。好きなだけ休んでくれ。後は此方が全部引き受けてやるから。好きな事をして人生を愉しんでくれ。俺に任せて楽に成ってくれ。母さん、俺は母さんの人生を誇りに思う。精神障害者の躁鬱病の梅澤天という一人の女性を俺は守り抜く。俺の全てを賭して。今日も俺達は生きてゆく。此の泥沼の泥濘の安寧たる日常を只刻んで行く。その先に有る幸せを切に望んで。その先に有る総てを切に祈って。有難う、母さん。俺に命をくれて有難う。此れが俺の生きる意味。此れが俺の全てだ。俺は叫ぶ。生命の尊さを。生きている幸福を。障害者を母親に持つ息子の愛を。梅澤天は俺の全てだ。涙も傷痕も痛みも全て俺が拭う。だから其の苦しみを、俺に背負わせてくれ。母さん!

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