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 目が突き刺さるように視界は眩む。何か、得体の知れない物の怪に取り憑かれたんだろうか。 そのまま、不当な仕打ちを受けたように、僕は倒れ込んだ。涙が意味もなく、哀しみと接ぎ合わせた頬を、丁寧に流れ落ちていく。

 重たい瞼を開ければ、オオムラサキが群青色の玻璃のように周辺を飛びかっていた。僕は手の甲で、涙を拭いて立ち上がった。黄昏が訪れると、繁吹き雨が降り、鉛のような身体を縦横無尽に叩いた。

 大粒の雨が鳴りやまなない、生へのたゆまぬ鼓動に皮膚を通して触れたとき、眼球を割れ込んだ涙と混じり、塩辛さと生ぬるさが、口の中に群がるように広がっていく。頭上に雨の硬さを感じ、服が水の泡にべったりと合わさった。

 誰もいない玄関を開け、シャッターが閉まる前に、その場で僕は蹲った。髪の毛が空中に垂れ、睫毛の中にも小さな露が入っていく。靴下を脱ぎ、頑なに耐えながら、風呂場へ行った。服を着たまま、シャワーを浴び、薄闇に包まれるとシャワーを止めて、濡れたままの服を脱いだ。

 脱衣所の鏡をちらりと見ると、誰かが僕を覗き込んでいた。鬼女のように大きな口を開け、僕に向かって何か、叫んでいた。

 ぼんやりと僕はTシャツから見えた、自分の胸元を見下ろした。東京のときと変わらない肌の白さ。なだらかに触れてはいけない青い場所は重力になだらかに従っている。ここを僕は喰われたんだ。名前も一緒に喰われたんだ。今夜は星が見えない。

 星だけがこんな僕を受け入れてくれたのに、行く末を案じる星々もどこかへ、逃げてしまった。 こんな雨の星を何というのだろう。

「雨夜の星」

 外に叩きつける、雨粒の針の鋭さを僕は噛みしめる。このまま、永遠に雨が降り続けてしまえばいいのに。そう、簡単には短冊が暴風雨に飛ばされるように願いは叶えてくれない。炎の柱のような雨が降ってしまえばいい。雨粒さえも火の雨に、急襲してしまえばいい。

 かつて、地上にたくさんの爆弾を引き連れてしまったように。風呂から上がり、使い古したTシャツと短いズボンに着替え、バスタオルにくるまりながら布団で横になっても、壮絶な雨音は止まなかった。一人剣の舞なんていつか、舞える日なんて訪れるのだろうか。

 こんなひ弱な僕に荘厳な、神聖な一人剣の舞を行える日なんて、この現状のままなら一抹たりとも想像が尽かない。

 清冽な刃が星空を裂くように僕はこの胸に抱える、傷跡にさらに塩を塗る。深く開いた傷口に、無感動に塗りたくるしか、親指と人差し指は反射的に動かなかった。

 一日中、横になって嗚咽から逃れながら、ふと堕ちて、夢を見たら、また夢の部屋でその小部屋のドアを開けるたびに不穏な動悸に襲われる。何かに僕は追われているんだ、とかすかに知る。

 小部屋のドアは真っ赤に塗られ、見るも耐えない。夢の中の醒めぬ夢を見る。幾つものの夢の部屋が重なり合い、記憶の海が溢れ出し、黒い波が波濤のように手厳しく、うねり続ける。その海嘯に僕は蟻地獄のように飲み込まれ、片足を翻弄させながら、もがき続ける。

星神楽 61 夏草や我の生誕光あれ|詩歩子 複雑性PTSD・解離性障害・発達障害 トラウマ治療のEMDRを受けています (note.com)

 

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