男子大学生のぼやき

相も変わらずきったない文、書いてます。ネガティブnote多め。情緒不安定なのでポジティ…

男子大学生のぼやき

相も変わらずきったない文、書いてます。ネガティブnote多め。情緒不安定なのでポジティブな記事も。

最近の記事

「大人になる」とは?どういうことだすか??

※いなかっぺ大将に関するnoteではありません。 「大人になる」とはどういうことか? 何をもって「大人の仲間入り」と言えるのか? 大人になるとは、について一度考えてみたいと思う。 「大人になる」と一口に言っても、人によって思い浮かべるものはバラバラだと思う。 例えば、 ブラックコーヒーを飲めるようになった時。 ブックオフでデスノートを大人買いした時。 社会人になって会社から初任給を貰った時。 親からの仕送り無しで自立した生活ができるようになった時。 パートナ

    • 他人を「面白くない」と非難する人間はたいてい「面白くない」という真理

      【懺悔】 僕は常日頃、「周りの大学生は面白くない人ばかり」だとnoteに書いている。 周りの大学生はユーモアのセンスに欠けていて、大学生特有の薄いノリや浅い会話に満足してしまう痛い人ばかりだ。と、こんな論調で今まで周りの大学生を罵ってきた。 しかし、僕が「周りの大学生は面白くない人ばかり」だと声高に叫ぶほど他の人から見たら僕自身が「面白くない人」に写る。 居酒屋にて、「自分は現状に満足しているから夢や恋人がいなくても不幸じゃないぞ!」と周囲に向かって吠えるようにして口

      • 僕はウルトラ汚部屋マイスター歴4年ですが死ぬまでにシェアハウスに入居してどんちゃん騒ぎしたいマニュフェストを家族に通知しているので今から自室の中心で狂炭酸カタパルトをビックバンさせちゃいます! 意味わからん文章を作ってこねくり倒して一時の快楽に溺れるのが最近のマイブームです。

        • 炊飯器=どんぶり茶碗

          今回のnoteは、人には言えない「男子大学生ひとり暮らしあるある」です。 それでは、張り切ってどうぞ! 皿洗うのめんどくさいからキッチンがダイニングテーブル替わりになる。 皿洗うのめんどくさいからフライパン/鍋から直接おかずを食べる。 皿洗うのめんどくさいから炊飯器をどんぶり代わりにしてカレーや八宝菜を流し込む。 余ったカレーを皿に移すのがめんどくさいから冷蔵庫に鍋のままぶち込む。 カップ麺、高いし量少なくて腹が膨れないから袋麺を3袋鍋にぶち込んで直食い。  ラ

        「大人になる」とは?どういうことだすか??

        • 他人を「面白くない」と非難する人間はたいてい「面白くない」という真理

        • 僕はウルトラ汚部屋マイスター歴4年ですが死ぬまでにシェアハウスに入居してどんちゃん騒ぎしたいマニュフェストを家族に通知しているので今から自室の中心で狂炭酸カタパルトをビックバンさせちゃいます! 意味わからん文章を作ってこねくり倒して一時の快楽に溺れるのが最近のマイブームです。

        • 炊飯器=どんぶり茶碗

        マガジン

        • 「大学がつまらない」シリーズ
          3本
        • 「ポジティブなつぶやき」シリーズ
          6本
        • 「共感して欲しくない」シリーズ
          1本

        記事

          視野の狭い人になりたくない

          視野の狭い人ってどこにでもいますよね。 自分の欲しい情報しか耳に入れない。だから、それ以外の情報を頭に入れないし人の話を遮ってしまう。 おどれは切抜き師か!?って人が。 切り取った情報を自分にとって都合の良いように拡大解釈して、悪意のあるタイトルを付けて、誤解を招くやり方で発信する。 自分にとって都合の良い情報しか聞かないし受付ないから、「言った言ってない」の話になる。 視野の狭い人は、自分が一番正しいのだと思い込む節がある。 自分の見たいように世界を見るから、人

          視野の狭い人になりたくない

          エッセイの書き方が分からないyo!

          エッセイの書き方が分からない。 ミーハーな僕の、最近の口癖はほとんど「エッセイ書きたいな~」。でも、僕が4月に入ってから書いたエッセイは0本。 したことと言えば、ベストセラーのエッセイ本を古本屋で購入したぐらい。星野源さんの「いのちの車窓から」森下典子さんの「日日是好日」、高野秀行さんの「ワセダ三畳青春期」、皆川明さんの「ミナを着て旅に出かけよう」など。しかも、買った後それぞれ40pほどしか進んでいない。 「本物は考えるより先に、既に行動に移している」・・・らしいよく、

          エッセイの書き方が分からないyo!

          50を過ぎたおっさんが好きだ

          僕は21の大学生。50歳を過ぎたおっさんが好きだ。 もちろん、50歳以上の女性も好きだ。彼女たちは(人によりけりだが)、卓越したコミュニケーションを自由自在に操って一気に距離を詰め、時にはお饅頭をくれたりなんかして、荒んだ僕の心を一瞬でほぐしてくれる温かい人たちばかりだ。 フォローさせていただいているnoterさんの記事を読んで、その方の記事の趣旨から全力で話がそれてしまうが、「そういえば、僕は50歳を過ぎたおっさんが妙に好きだな」と思い返した次第。 さて、なぜ50歳を

          50を過ぎたおっさんが好きだ

          「センスが良い=他人の作った服で着飾った人」の評価にモヤモヤする

          服を作った人のセンスが良いのは確かだけど、それを着こなしているだけの人が世間からのそれほどの評価を与えるに値する人間なのか?過大評価も甚だしいんじゃないか?と思う。 服のセンスがいい人をちょっと美化しすぎというか、持ち上げすぎじゃないのかな、と感じている。 というのも、以下のポストをTwitterで見つけていたく共感したから。 ここからは、僕が思ったことをつけ足していく。 センスが良いとされている人が取った行動は、商品を選んで購入した、これだけ。 服を生み出すのは、

          「センスが良い=他人の作った服で着飾った人」の評価にモヤモヤする

          「逆張り人生21年目」がおもったより伸びたので、同じようにタイトルに「日本留学、21年目」と付けました。ほんと浅はかですよね。

          「逆張り人生21年目」がおもったより伸びたので、同じようにタイトルに「日本留学、21年目」と付けました。ほんと浅はかですよね。

          日本留学、21年目

          「私は、地球に留学しに来ている」っていう言葉が好きです。 最近どこかで耳にしました。自分自身が社会に上手く馴染めていないことを「地球に留学しに来た異星人である」と、ユーモアを交えて表現した言葉です。 僕自身、この言葉にめちゃくちゃ共感しました。 生きていると時々、「生きづらさ」みたいなものを感じてしまうんです。でも、「僕は地球外から来た留学生なんだから今すぐ馴染めないのは当たり前で、これから少しずつ地球の文化を学んでいけばいいんだ」そう思えると、少しばかり気が楽になりま

          日本留学、21年目

          Twitter民の田舎の基準が甘すぎる

          ずっと前から「田舎の定義が甘すぎる」と思うことが多々ある。 Twitterで見かける「田舎来ちゃいました」報告が全然、田舎じゃない。あなた方の言う田舎は、地方都市なんです。都会と田舎の中間であって、田舎ではないんです。 いいですか?本当の田舎っていうのはね(以下個人の感想)、 ピザ屋のデリバリーが配達圏外であること。 半径10キロにコンビニ、郵便局が無いこと。 生活水は水道水じゃなくて、山水であること。 朝出かけるとき、玄関にシカの糞と角が落ちていること。 電車

          Twitter民の田舎の基準が甘すぎる

          なんか、怖い。黒歴史を生み出し続けるという恐怖。これがリテラシー不足という状態か!

          なんか、怖い。黒歴史を生み出し続けるという恐怖。これがリテラシー不足という状態か!

          メンタル病んだら、まず悪態をついてみて欲しい

          大学2年の時にメンタル病んだんですが、悪態をつく練習をしていたら、次第にメンタルが回復していった、という話です。 ※今回もnote長めです。 メンタル病んだ自分語り大学2年の夏、メンタルが死んだ。 原因は、肉体労働系バイトと接客系バイトによる肉体の酷使と精神的ストレス、数年ぶりの失恋。鬱病とまではいかなかったが、初めて人生のどん底にいた、気がした。(自称メンタル病みは大勢の人にとって失礼なエアプですしね、僕の場合だけ。読んでくれた人はそんなことないです。ただ、自分自身に保

          メンタル病んだら、まず悪態をついてみて欲しい

          「叱られたことがない」というコンプレックス

          突然ですが、皆さんにはコンプレックスがありますか? まあ、現代社会に生きていてコンプレックスを感じない人なんて、まずいませんよね。顔や身長などの容姿に関するコンプレクスとか、生まれや学歴に関するコンプレックスだとか。僕も大なり小なりありますが、今回書きたいのは、多くの人にとって重要ではないことです。 そう、僕にとってのコンプレックスは、「叱られたことがない」ということです。 ※ここから、ちょー長いです。興味ないなら読まなくても大丈夫です。すみません。 「叱る」の定義

          「叱られたことがない」というコンプレックス

          古典は必要か否か

          Twitterで最近、「教養とは何か」についての論争が起こった。 「古典は社会に出ても、何の役にも立たないから無意味」というポストから始まり、「古典を役に立つか否かで判断すべきではない。人生を豊かにするうえで必要な教養となる」という教養論にまで議論が発展した。 一連の流れを見て大学生の僕が思ったことは、役に立つか否かとか、教養として必要とか、そういう話じゃなくて、教養が無いと単純に 教養のある人と話すとき、何かめっちゃ焦るし、心臓に悪い ということ。 例えば、 高校

          古典は必要か否か

          逆張り人生、21年目

          僕の人生は、 皆が良いと言ったものを、極力避ける。 皆が信用するものを、まず疑ってかかる。 皆が見た「silent」を、わざとスカして見ない。 皆が飲む「スタバ」を、避けてサンマルクへ行く。 皆が使う「食堂電子決済」を、現金で払い続ける。 皆が入る「アマプラ」を、入らずゲオでDVDを借りる。 皆が頼む「レモンサワー」を、頼まず「生中」を飲む。 皆が使う時間割アプリを、使わずマイナーな方を使う。 皆が入れている「インスタ」を、インストールしない。 皆がする「マッシュヘア」を、

          逆張り人生、21年目