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だれかの名前ノムコウ

バレンタインの販売アルバイトの面接に来てくれたのは、学生が8割。

制服姿でガチガチに緊張した子や、その厚底は見える景色がどれだけ違うの?というギャルまでさまざまだった。

控室で待っている姿も、ひたすら前の人の後頭部を見つめ微動だにしない子や、ふせんびっしりの参考書を開いている子、やたら荷物を広げてプライベート空間を作り出す子、とさまざまだった。

共通していたのは、おなまえ。フリガナがなければ正しく読めない。

わたしの同級生は、まだ〇子という名前が半数以上をしめる世代。

と言いながら、わたしは「子」がつかない。鎌倉のおんめさま(大巧寺)で授けられた候補から、わたしの面構えにしっくりくるひとつを父が選んだそうだが、全部「子」がついていなかった。

ないものねだりか、「子」がつく名前には憧れがある。子には「学問・人格のすぐれた者の名に付ける敬称」という意味もあるからだ。孔子とか、孫子とか。

200名以上の応募者名簿にならんだ名前のなかに、〇子さんはわずか数人。お、さくらこさん、と思ったら「さくら恋」さんだった。

だが、吃驚な名前が並んでいたわけではない。

響きは聞きなれていても、個々の文字は簡単で見なれていても、漢字の組み合わせや読み方の妙で、木漏れ日のように輝く名前が多かった。

服やコスメの色表記でよくみかける、ラズベリーピンクやマスタードイエローみたいな感じ。

ブロッコリーグリーン、ポリバケツブルー、ニュースペーパーグレー。
すべてが思うほどうまくは輝かないみたいだけれど。

そういえば、同級生に真愛(まがな)さんがいた。

万葉集にも登場する形容詞「まがなし(真愛し)=大変いとおしい」からつけられたらしい。なんと教養と愛情にあふれたご両親だろう。MAGANA、ローマ字にするとロゴみたいで急にかっこいい。

人懐こくてノリがよく、大変かわいらしい子だが、彼女が飼い犬につけた名前が「諭吉」だったのにはグッときた。お金、大変いとおしいよね。

アルバイトをしていたとき、ぱせりさんという名前を見かけた。

パセリ…あのパセリよな…?人生に彩りを与える存在にということ…?ていうかイニシャルP…リアル動く点Pちゃん…とものすごく失礼なことを妄想していた。

しかしパセリ、緑黄色野菜の中でも群を抜いて栄養価が高く、消化不良や疲労、貧血にも効くスーパーフードらしい。ご自宅がパセリ農家の可能性だって、ある。

由来を知ると、名前はさらに輝きを増す。

一方、ニックネームは別角度から照らしだしてくれる。

高校生のとき、お弁当がいつもお母さんの手づくりサンドイッチだった友人Mを、友人Yは「舶来娘(はくらいむすめ)」と呼んでいた。

イタリアでも通用しそうな、友人Mの本名よりも長い呼び名だ。
舶来娘って『坊ちゃん』の登場人物にいそうだ。赤シャツ、うらなり、マドンナ、舶来娘。

Y自身は、鎌倉時代に実在する高貴な人物と同じ表記の名前。
実際は洋楽好きで「ヤクソン」などと呼ばれていた。親分肌でざっくばらんな性格から、「やっさん」とも呼ばれていた。

わたしの「しえ」も、本名にほど近いニックネームである。

授業中に先生がわざと読み方を変えて呼んだのを、友人Yを中心にまわりが気に入ってそのまま定着した。わたし自身も、公園のフェンス越しに吹いた風のような、風来坊のような響きが気に入っている。

名前でも、ニックネームでも、わずか数文字のむこうに強い思いや願い、当時の風景や思い出が込められている。名は体も心もあらわしていく。

「あのころの未来にぼくらは立っている」のだろうか。


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