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この字はそれ一択です

「自分の名前の漢字を人に伝えるとき、どう説明します?」

美容院で、唐突にそう尋ねられた。わたしの名前には「史」という漢字が入っているが、シャンプーを担当してくれた美容師さんも「史」という漢字が入るらしい。

わたし「あー、歴史の『史』です、って言いますね」
美容師「そうですよね、この字はそれ一択ですよね」
わたし「他に思いつかないですねえ」
美容師「僕『史哉』っていうんですけど、『哉』説明するのいつも困るんですよ」
わたし「ああー…」

確かに、「哉」は人名以外、漢文でしか見たことがない。漢文の文末でよく出てくるアレです、と説明したところで汎用性がないし、逆に知っている人にとっては「也」という選択肢もあるから、実にややこしい。

幸い、「木村拓哉の哉です」と説明すれば大抵通じるらしいが、自分で「木村拓哉の~」と言い出すのは、木村拓哉さんがカリスマすぎて恐れ多いらしい。そして昔、木村さんがカリスマ美容師を演じていたから、なおさら恥ずかしいらしい。

「大変ですねえ」と答えたところでシャンプーが終わった。美容師さんというのはちょうどいい尺の小話ストックが多くて本当に尊敬する。

あとは小説の神様・志賀直哉くらいか。それもまた恐れ多い。神様だもの。

「真木」という名字の後輩が、電話口で自分の氏名の漢字表記を伝える際、

「真実の『真』に木刀の『木』ですッ!」

と元気よく答えていた。「木」はシンプルに「樹木の『木』です」とか、「Treeの『木』です」で通じると思うが、彼はわざわざ伐採して加工して武器にした。分かりづらいし穏やかじゃない。たぶん、修学旅行のお土産でいらん木刀買ったんだろう。電話口の得意先の方も笑いをかみ殺していたらしい。心の広い方でよかったね。

と言いつつ、わたしもたまに「世界史の『史』です」とジャンルを細分化して言ってしまうときがある。単純に高校時代、世界史を選択していたからだ。のめり込み気質が発動してやたらとハマり、財布のように用語集を持ち歩いていたため、「せかいしえ」という「誰よりも立派で誰よりもバカみたいな」名前をつけられそうになり、必死で阻止した。名は体をあらわすとはよく言ったものだ。

その高校時代の部活のちょっとした手伝いをしたら、現役の後輩からお礼のお手紙が届いた。手紙の書き方マナーみたいなものを参考にしながら書いたんだろうな、という、緊張感と初々しさの化身のような尊い手紙だった。感動しながら手紙を封筒に戻したところで、宛名の「史」の字が「忠」になっていることに気づいた。

心こもりすぎよ。

名は心もあらわす。

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