ヒレカツサンドが呼ぶ
「こだわり、これ一択、愛着」は強めなほうだ。気に入ったらそればっかり選んでしまう。保守的ともいう。
カツサンド、といえばネームバリューと安定のその味で《とんかつ まい泉》のカツサンドがわたしの胃袋で巨大な牙城を築いていた。
お昼何にしようかなと商業施設をうろうろしていたら、すみっこにちょこんと並んでいた《勝烈庵》のヒレカツサンドに目が留まった。
勝烈庵もヒレカツサンド出してるんだ、とものめずらしさで購入してみたところ、たちまち胃袋を掴まれてしまった。
写真を撮り忘れるくらいあっという間に平らげてしまったので、ホームページから拝借した。まい泉よりも、洋食店感強めのビジュアル。
それもそのはず、勝烈庵は創業90年をこえる横浜の老舗洋食店である。
ヒレカツサンドをはじめ、総菜や多種多様な弁当の販売は系列会社の勝烈庵フーズが担う。
「ハマっ子なら誰でも知っている」と、先程から検索結果の圧がすごい。
あと、企業ロゴの「THE・勝烈庵」感は、一度見たら忘れない。独特の書体は、なんとあの棟方志功画伯が手掛けたという。
全国に売店があるまい泉とは対照的に、勝烈庵の売店は横浜市と鎌倉市に数店舗のみ。しかも、このヒレカツサンドはさらに販売店が限られていて、日曜日は販売していない。
片手で持てるコンパクトな函は、まい泉の3個入り税込422円より一回り大きいくらい。一方、勝烈庵は4個入りで税込810円と少々お高め。販売店も少ないし、あまり大量生産はできないのだろう。
そして、同梱の栞にはこう書かれている。
すべての具材にこだわりが詰まった勝烈庵のヒレカツサンドは、素材の食感はしっかり残っているのに、味がやわらかくさっぱりあっさりしている。
とくに、パンは栞の説明通りほんのりと甘く、これだけで朝ごはんに食べたいくらい好みの味である。
ソースがひかえめに塗られているため、パンとカツはほどよい湿度と距離感を保ち、どちらもふわふわサクサクを維持している。ほんの少しカラシも塗られているから、パンの甘みとのバランスが絶妙。
このパンとソースが、カツの肉々しさをギュっと引き立てる。
小振りとはいえ、4個をあっという間に食べてしまった。とにかくこのミルクブレッドに最優秀助演具材賞を授与したい。
色々と調べていたら、店舗の定食で出されるカツレツのパン粉は、勝烈庵本店の斜向かいにあるフレンチレストラン《馬車道十番館》で作っているという。こちらも揚げ物に合う配合で焼いたパンというこだわり。
馬車道十番館は洋菓子店のイメージが強かったが、勝烈庵が設立したのだそうだ。おみやげ屋さんや、横浜の銘菓コーナーでビスカウトの姿をよく見かける。素朴なビスケットの姿と、「THE・文明開化」な包装紙がいい。
そういえば生ケーキも扱っていたな、とホームページを閲覧していると、見覚えのあるケーキが出てきた。記憶がレジのドロアーのようにバーンと開いた。
子供のころ、ケーキといえばいちごの乗ったショートケーキしか知らなかったから、このビジュアルと色合いが衝撃的だったのだ。
薄切りのパイナップルがモヒカンのようなロールケーキ。親が買ってくれたのはほんの数回だったと思うが、鮮明に覚えている。
きみ、馬車道十番館の所属だったのか。
もっと長いロールケーキだった気がするけれど、わたしが大きくなりすぎたのだろうか。しかもフィーヌバケットなんて、パイナップル感皆無のおしゃれな本名だったとは。
久々の再会に懐かしさがこみ上げる。今度、自分のお金でお迎えにいこう。
これ一択、を少し離れて攻めてみたら、こだわりが詰まりに詰まった静かなる逸品と、思いがけず思い出の味にたどり着いた。
あと、わたしはきっと横浜の老舗包囲網から逃れられないのだと悟った。
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