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僕が仰ぎ見ているモノスゴい小説家3人

 今は午後18時46分です。

 ガスコンロでシチューの鍋を温めて、もう少ししたら食べようとしている時間です。

 1月のはじめなので日は短いです。ちょっと確認してみると、窓の外はひたすら暗闇でした。眺めていると自分が頼りないひしゃげた柳のように思えてきます。

 あたりはしんとしています。デスクには何回も行方不明になっては帰ってくるボールペンが4本、ペン立てに刺さっていました。その一本を抜き取って、指先でいじったりしながら、誰がいつここにボールペンを戻したのかに思い馳せる。つまり、シチューを待つ以外に使い道のない時間です。

 本棚をざっと眺めると、この1年で小説以外の本が増えたというのがわかります。

 これから先どうしようと悩みながら買い漁った仕事関係の本と、建築の本、あるいは料理の本でした。「20代で身につけたい勉強法」とか「最強の建築士の仕事術」とか「調理師学校監修・これがあなたの味になる!」とか、タイトルはぼかしているけどそんな感じの本です。

 そういった本が風に煽られたり生活上の振動でプルプル震えているのを眺めていると、「これらの本は、これからきちんと僕と一緒に古びていけるのかなぁ」と思ってしまいます。

なんというか、知識として新しすぎて僕の内にも定着していないんでしょう。

そのいっぽうで、まだ定着はしていないけども確実に好きな本があります。それは当然のごとく小説でした。好きな小説家を挙げるのは趣味が全開になるので控えてきましたが、思い立ったが吉日で、シチューまではまだ時間もあるし書いてみようと思います。

森敦 (特に愛好しているのは「杢右ヱ門の木小屋」)


日本の古典作家の内では今のところナンバーワン。

庄内平野で生きる人々の姿を描いています。人々は前近代的な暮らしをしながらも、どことなく神秘性を称えていました。

彼らの凄いところは、あまりにもその土着信仰っぷりが自然で、「がんばって神秘的な生活を維持している」という感じがないことです。「がんばって神仏を信じている」というところも感じないです。

トマス・ピンチョン (特に愛好しているのは「競売ナンバー49の叫び」)

謎多き現代小説家の巨匠。

ピンチョンの小説は、アメリカの陰謀史や事件と、幻覚妄想気味の主人公の思い込みがオーバーラップしたところで狂乱的な想像力が弾ける……というような説明が多いと思います。そして、結局どんな事件が起こっているのか、黒幕は誰なのかなどはいくら読んでもよくわからない。しかし、そういうことは抜きにして散文詩を楽しむように流れに身を任せて読んでも楽しめるというところに、この小説の懐の深さがあるんじゃないかと思います。

アンソニー・ドーア (特に愛好しているのは「世話人」)


3人目を誰にするかは迷いました。ドーアは翻訳書も少ないので、研究の幅も広がらないような気がしています。

しかし、人間のモラルを尊く描ける作家は少ないと思うので挙げておきます。ここでの「人間のモラル」というのはポリティカルコレクトネスのこととは少し違って、海や、畑や、もっと巨大な自然を前にした人間が心を取り戻していく過程とその崇高さや、あるいは残酷さのようなものです。

3人の小説家に共通点があるとすれば、「仰ぎ見るような偉大な小説家」ということでしょうか。影響を受けたいと思ってもそんなにうまく受けられませんし真似もできません。

長い時間をかけて読んでいきたいと思う最高の書き手です。

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