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わかっちゃいたけど、ライフサイエンス系のお仕事はフリーランスと相性悪め、リケジョがつぶしが利かないってほんと?

※ 初めにお断りさせていただくと、今日の記事は個人的なぼやきです。現在進行形のため結論はないですが、いつかこの回答が書けるといいなということで。

一年前にワーママから専業主婦に転身したmomomiです。

リケジョは意外とつぶしが利かないんじゃない?と人から言われてイラっとした話と、私が専業主婦になってから試行錯誤している中で感じていることについて。


リケジョ(注:IT系は除く)はつぶしが利かないってホント?

少し前に某所で、「リケジョって意外とつぶしが利かないんじゃない?」と言われて一瞬イラっとしました。
でも、イラっとするということは私の中でも”まぁ、そうかもね~”と思ったりすることも無きにしもあらずなわけで。

現在進行形でモラトリアム期を過ごす中で、私自身が感じていることなど書いてみようと思います。

もともとやりたいことがB to C、C to Cではないケース

仕事をする動機って人それぞれだと思いますが、理系の人って”モノを作りたい”、”何か新しい世界を見てみたい or 創りたい”、"観察して真実を突き詰めたい" "研究したい" タイプの人が多い気がします。
別に文系の方だってそういう人はいっぱいいると思います。もちろん。
ただ相対的に言えば、理系ほど多くもないのでは?と。

消費者に近い仕事って、個人でやる仕事と相性良いような気がするのです。何となく。
例えば起業してC向けのビジネスを作ろうと思ったときに、マーケティングなど何かと過去の経験が生きる気がします。

一方で理系の場合、特にB向けの場合はマニアックな事業も多いし、そもそも担当している業務も顧客と向き合う部分は限られているので(それよりもモノや科学・技術などと向き合う時間が長め)、それが自分の消費者感覚とビジネスで培ったものを隔てているような気がする。

転職エージェントからも、持っているスキルやバックグラウンドを活かすことを勧められる

これは文系・理系を問わず、転職ってそういうものだと思いますが、転職ってこれまでの経験やスキルをどうスライドさせて新しい環境で活かせますか?ってことだと思うんです。
だからあなたの経験・スキルを高く評価しますよ、というところに移動できれば高い年収が提示されるし、せどりや転売と同じロジックで高く売れるところでビジネスする、それが基本だと思います。

一方で、本人が新しい環境で新しいことでチャレンジしたくても、専門性が高く希少な場合はエージェント側から新しい提案を、と言うのはハードル高いのかなと言う気がします。

こっちで売れば高く売れるものを、という部分は無きにしもあらずなんじゃないかと。もちろん良質のエージェントさんの場合は、その人に本当にあったキャリアの提案をできることがコンサルタントさんの幸せ、と言うことは個人レベルではあると思います。

でもそれはそれ、だってビジネスですから。

やっぱりある特定のバックグラウンド+経験+スキルとなってくれば、そもそもそういう人材がいない中で(日本が海外から人を呼べる国なら全く話は変わります)、人材の流動性もそれほど高くなければ市場の中で限られたパイをとりあうしかないのかなんて。

専門性の高い職種は、他からとってきてサクッと育成することが難しい場合も多いし、流動性がネックになって人がとりづらいことも多いのが実情かと。
私自身中途採用を担当していましたが、欲しい人が年単位で現れないことがよくありました。そもそも求める経験をしている人が市場に少ない場合、採用の難易度は極端に上がります。

サンクコストをどう考えるか?

サンクコストは、私がこれまで仕事をして学んだことで最も個人の考え方に影響を及ぼした概念の一つです。

サンクコスト(埋没費用)とは、過去に払ってしまい、もはや取り戻すことができない費用のことです。したがって将来に関する意思決定をする場合、サンクコストは考慮に入れず、今後の損益をだけを考えるのが合理的な判断です。しかし、将来にわたって金銭的・精神的・時間的な投資をしつづけることが損失になることが明らかであっても、それまでの投資によって失った費用や労力を惜しみ、投資を継続することがあります。これがサンクコスト効果です。

十文字学園女子大学 意思決定・信念に関する認知バイアス

私は不確実性の高い(=リスクの高い)事業投資の意思決定サポートを仕事にしてきました。そして業務ではサンクコストは完全に無視し、将来の収益性のみを基準に意思決定することを叩き込まれてきました。
ただ悲しいかな、人間の感情ってそこまで論理的じゃないのです。

仕事では割り切れても、個人的な時間や経験という意味だとやっぱり感傷に引きずられることもあるし、そもそも「なぜそれを仕事(職業)に選んだのか?」という部分が本人のコアに近いほど、心理的にはサンクコストは大きいような気がします。
もちろん全然別の分野でも、本人の中でつながりが見いだせれば全然OK!

あまり良い例ではないかもしれませんが、私は薬剤師免許を使わないことを何とも思っていません。それは単に試験勉強を三カ月してとったもので、他にやりたいことがあり、便宜上とっておいた方が良かっただけだからです。
一方で、やりたいことがあってそれに20年以上かけてきたと思うと、その労力と時間は自分の中で過大評価されている気がします。

momomiのぼやき:ライフサイエンスは個人事業主と相性悪い、でもだからこそ、いつかリケジョのキャリア支援がしたい

フリーランスってライフサイエンス系の職種と相性悪いんだろうな、と薄々思っていましたが、辞めてやっぱりそうだったか・・・と思うことは数知れず。

例えば発信一つとっても、GoogleではYMYL(Your Money or Your Life)系のものは個人では難しいと言われているし、薬機法をはじめ法律しばりも厳しいです。じゃ、業務委託は?というと、これまた買いたたかれるのが現実なんですよね。

そして業務委託を依頼していた側から行くと、業務委託が向いている業務って全体のごく一部なんです。俯瞰的にみたいとか、一気通貫でやりたいといった自分の気持ちと相反することが多い。

というわけでこれまでの本業を直接的に活かしたフリーランスは難しいな、と言うのが現時点の私の感想なんですが、そんな現状も踏まえていつかリケジョのセカンドキャリアを支援したいなと心から思っています。

(私はあまりロジカルなタイプじゃないのであれですが)リケジョのモノの見方とか経験ってたくさん生きる場面はあると思うし、少なくとも商社・コンサルなど別の分野で評価されている人もたくさん見てきたし、いやもっと世の中に役立つやろって思うんです。別に教育関係だけじゃなくても。

世の中キラキラしている個人がもてはやされるような気がしますが、それだけじゃなくてもよくない?もっと現実的に夢が見られる社会にしたくない?そう思う今日この頃です。
若い世代に良い環境や夢を残せるような仕事をしたい、そう思っています。


読んでくださって、どうもありがとうございます。

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