映画『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』(1976)
今宵ご紹介する映画は昭和51年(1976)に公開された『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』です。寅さんシリーズの第17作目になります。
寅さんの主な旅先は兵庫県たつの市。映画当時の呼称は龍野市。タイトルに使われている「夕焼け小焼け」は童謡『赤とんぼ』の一節から。龍野は『赤とんぼ』の詩を書いた三木露風の生誕地。郷愁を誘うタイトルです。
マドンナは太地喜和子。ゲストに宇野重吉、岡田嘉子。
寅さんシリーズをすべて見てはいないのですが、いまのところ本作がシリーズで一番好きな作品です。かりにシリーズ全作品を見たとしても、たぶん変わらない気もします。
この年のキネマ旬報ベストテンでは第2位。シリーズ最高位を記録し、マドンナを演じた太地喜和子が助演女優賞を受賞しています。
一般にシリーズもので17作ともなれば低調になりがちですが、寅さんは益々ご健勝であらせられます。
と申しましても、だいたいシリーズも後半になってくると寅さんも年よりなので動きにキレがない。顔のアップでは皺が増えたなと思ってしまう。
「てめぇ、タコ表に出ろ!」と喧嘩っぱやいシーンもなくなって、若者に恋愛指南をするようになってからは、ちょっと魅力が乏しく感じられる。
『寅次郎夕焼け小焼け』では、まだカッとなったら行動に出ちゃうところがあって面白い。寅さんはそうでなくちゃね。
あらすじ
上野の居酒屋で所持金もなく飲んでいた爺さんと意気投合した寅さん。身寄りのない爺さんだと勝手に思い込み、柴又とらやへ連れて帰ってくる。
この爺さんはしばらくとらやを宿屋だと勘違いしていたようで、寅さんやとらやに迷惑をかけたお詫びにと、画用紙にさらっと書いた絵を神田の大雅堂に持っていってごらんと言っていなくなってしまう。
寅さんがその絵を神田にもっていくと7万円で買い取ってくれた。実は、爺さんは日本画の大家・池ノ上青観だと後で知る。
そののち、播州龍野を旅していた寅さんは偶然に青観先生と出会う。寅さんは市が主催の青観先生の歓迎の宴席で陽気な芸者ぼたんと意気投合する。
柴又にかえってきた寅さんは、上げ膳据え膳の龍野を懐かしむばかり。そこへ芸者ぼたんが突然とらやを訪ねてきた。
「いややわ、寅さん。あたしと所帯を持つって言ったやないの!」
マドンナ太地喜和子
本作のマドンナ太地喜和子が実によい。
龍野の芸者ぼたん役で、明るく陽気でバカ笑いも可愛い。寅さんのマドンナは吉永小百合とか八千草薫とかカタギの清楚な感じで、失礼ながら寅さんには似合いそうもない女性の印象が強いかもしれないが、こうゆう気さくな感じがいい。寅さんのような旅烏のような渡世人には歌手のリリー(浅丘ルリ子)や芸者ぼたんといったひとのほうが似合うと思う。
ぼたんが人に騙されて大金を取られ泣いてる姿をみると、寅さんでなくとも、ひと肌脱いでやろうという気にもなる。
『寅次郎夕焼け小焼け』の出色なところは、寅さんが意中の女性にふられて終わり、ではないところです。このシリーズは寅さんが失恋して旅に出て終わるパターンが多いような気もしますが、本作は違う。
この後もシリーズは続きますから寅さんと芸者ぼたんは所帯を持つには至りませんが、二人の仲はいいかんじで映画は終わります。
寅さんと青観先生
本作はマドンナがスクリーンに登場するのに50分以上経過してからになります。109分の映画ですから、ほぼ半分近くにならないとマドンナが姿を見せない。
それもそのはずで、映画は寅さんと青観先生の交わりに中心に据えているからです。
無一文だと思っていた爺さんが実は日本画の大家で結構な屋敷に住んでいる。
寅さんにしてみれば、さらさらっと絵を書いて7万円だなんて結構な身分に見える。さらさらっと書いて7万円になるまで何十年かかっているのかは、誰も推し量らない。
マドンナがお金に困っている時、青観先生に彼女のために絵を書いてくれと頼む。さらさらっとが7万円なら、しっかり描けば200万円にはなると。
もちろん青観は断る。お金が必要ならいくらかは用立てようと青観がいうと、ゆすりたかりじゃないから現金はもらえないと寅さんは断る。好き勝手に生きているようだけど、寅さんなりの仁義がここにあることを知る。
さきほど、このシリーズは寅さんが失恋し旅に出て終わるパタンが多いと書きましたが、本作で寅さんは青観先生と話があわずに失意のまま旅に出ることになる。青観に「ふられ」たのだから、マドンナにふられる必要がないわけです。
宇野重吉の飄々とした感じがいい。寅さんとはまた違った意味で浮世ばなれしている。
彼と昔なにかあったらしい女性が龍野に暮らす志乃さん、岡田嘉子である。
久しぶりの銀幕登場 岡田嘉子
岡田は戦時中か戦前だったか恋人とソ連に亡命をした女優である。むこうでは日本からのスパイだと思われかなり苦しい思いをしたようだ。一緒に亡命した恋人は処刑されている。
岡田はしばらくぶりに日本に帰り、この作品以降いくつかの映画に出演している。そして最後はソ連で亡くなっている。
そんな岡田に「人生には後悔はつきもの」と言わせる。
後悔には2つあるという。やらなかった後悔と、やってしまった後悔。岡田と宇野のシーンは多くを語らないが、人生というものをしみじみと感じさせるものになっている。
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