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アイシールド21が熱い理由は「影」にあるという話

皆さん読んでますか、「アイシールド21」。(以下、アイシールド)
まさかいないとは思うが一応知らない人のために説明しておくと、アイシールド21は2002年から2009年まで週刊少年ジャンプで連載されていたアメリカンフットボールを題材にした世界で一番熱い漫画である。

ご存知の通り週刊少年ジャンプのスローガンと言えば「友情」「努力」「勝利」である。
勿論ジャンプの歴史上数々の大名作があろうが、僕はこのスローガンを極限まで体現したのはアイシールドが一番だと思っている。
(ジャンプという枠から外れていいなら次点では金色のガッシュ)

僕は一昨日、昨日、今日の三日で全巻読み直したのだがやはりとにかく熱い、熱い、熱い。火傷しそうである。
連載当時に友達とジャンプを読みながら帰った放課後を思い出す。
武蔵のキックだけで3週間くらいやってたよな

さて、少し真面目に語ろう。
アイシールドは日本でも他に見かけないであろう「アメリカンフットボール」というマイナーなスポーツを扱っている。
アメリカ本国ではメジャー中のメジャーな花形スポーツだが日本での知名度はあまり高くない。
僕だってアイシールドを読む前はラグビーとの区別はあんまり付いていなかったように思う。
だがしかし、そんなルールもわからないスポーツを扱っているのにとにかく面白い。訳が分からない。
僕はそんなアイシールドの面白さの核には、「持たざる者の描写」があると考えている。

漫画、特に少年漫画では万能な人物や一芸に秀でた人物が沢山登場する。
能力系バトル漫画でもスポーツ漫画でも大体はそうだ。登場人物たちはその個性をそれぞれが発揮して戦い、そこに数々のドラマが生まれる。
アイシールドはそこに「欠けた者」が頻繁に登場する。いや、持つ者の持たざる部分を描くのが上手いと言った方が正確かもしれない。
主人公たちも例外ではない。
パシリで鍛えた光速の瞬足を持つがパワーも体格も闘争心も持たない主人公の小早川瀬那、作中随一の天才的な頭脳や相対する者全てを騙すペテンの才能を持ち頭脳戦最強でありながら身体的能力は全く以て平凡なヒル魔妖一
長所があれば短所があるのは当然だ。だが、アイシールドはその「持たざるところ」に強烈にフォーカスを当てる
スピードしか取り柄がない瀬那はパワーで全く敵わないライバルにスピードで追いつかれるし、頭脳戦を誇るヒル魔は身体的にその策略を潰される。
容赦がないのである。

例えば金剛雲水というキャラクターがいる。
この雲水にはメタ的に言うと他のキャラクターよりも漫画的に秀でたポイントはほぼない。双子の弟である金剛阿含が天才をほしいままとする強烈なキャラであり、その対比として描かれているようなキャラだ。
普通の創作者であれば雲水にだって何かしらの華を持たせたくなる。天賦の才を持つ弟すら持ちえない何かしらのギフトや成長を。
しかしアイシールドはそれを良しとしない。雲水は徹底して何も持たない。強いて言うなら弟の不始末を続けてきたが故の忍耐くらいだ。フットボールプレイヤーとしての能力は平凡で、弟がいないと主人公のライバルにすらならない。
しかもその唯一の忍耐に対してストーリー的にスポットライトが当たることはない。こんなに残酷なキャラクターがいるだろうか。
では雲水は地味で影が薄い阿含の当て馬的キャラなのかと言えばそうではないのだ。ここがアイシールドの妙味であり熱いところだ。
僕の好きなアイシールドの名言を10個集めたら少なくとも確実に1個はこの雲水のセリフになるだろう。持たざる者なのに、とんでもなくこいつは"かっこいい"のだ。

こんなに刺さるコマが他にあるか?

雲水だけではない。
主人公たちのチームの最大のライバルとして描かれるチームの中に桜庭春人というキャラクターがいる。
桜庭は登場時はモデルとフットボールプレイヤーの二足の草鞋を履くキャラクターだった。フットボールの実力はイマイチ、モデルとしては超人気。実力と周りの声が釣り合わないというジレンマの中に生きるキャラクターだ。
そして、この桜庭の近くにも強烈なキャラがいる。進清十郎だ。
進は「努力する天才」として作中最も登場頻度の多い主人公の最大のライバルとして描かれ、あらゆる面でトップクラスとしての実力を持つストーリー全体を通して越えるべき壁として描かれている。
当然桜庭の実力は進には全く及ばない。スピード、パワー、努力、才能。あらゆる面でプレイヤーとして圧倒的な差を付けられている。
桜庭は登場当初から周りの声援とそれに伴わない自身の実力とのギャップ、更にはすぐ隣にいるパーフェクトプレイヤーとの実力の差を常に突きつけられ続けている。
そんな桜庭は物語中盤、自身の限界を超える努力の果てに挫折する。
進と同じチームでありながら進を越えるべく、進と同じ、いや、それ以上のトレーニングを自らに課そうとする。
だが進は作中最大のパーフェクトプレイヤーであり誰よりも努力をする天才だ。桜庭にはその陰の先さえも踏む権利は与えられない
その挫折の果てのシーンは少年漫画で最も熱く悲しい場面と言えるだろう。

一流を目指すことを諦められない凡人の渇望

もう一人だけ個人でスポットライトを当てさせてほしい。
物語の再序盤で登場する葉柱ルイというキャラクターがいる。
この葉柱は登場当初は完全な当て馬キャラだった。
不良高校の番長的立ち位置で主人公の瀬那やそのライバルを侮辱する安っぽいヒールであり、結局は闘争心に火が付いて成長した瀬那にあっけなくやられてしまう。どんな漫画の序盤にも出てくるような絵に描いた「噛ませ」である。
だが、この葉柱もとんでもなく熱いのだ。
序盤で絡みがあった関係でその後も葉柱のチームは主人公たちのチームと度々行動を共にするようになる。段々と彼らはサブキャラクター的に「憎めない不良」としての立ち位置を確立していく。
そして、この葉柱自身にも段々と火が付くのである。
序盤はフットボールを舐めていた葉柱も作中最大の大会が開幕する頃にはすっかりと「フットボールプレイヤー」として目覚めている。
そんな葉柱を中心として彼らのチームも大会に出場するのだが、結果、早々に敗退する。実力差を突き付けられた試合でチームメンバーが途中から戦意喪失した結果だった。
葉柱だけは最後まであきらめなかった。最後の最後まで勝利を諦めずに食らいつく。だが、フットボールはチーム競技である。一人だけではどうにもならない。チームメイトを恐怖で縛りあげ鼓舞をするものの、彼の想いはチームメイトには届かない。
物語当初、瀬那とのW主人公ともなるヒル魔も葉柱と同様に恐怖でチームメイトをまとめ上げていた。脅迫ネタを駆使して足りないチームメンバーを臨時で集め無理やり参加させていた。だが、ヒル魔の元には瀬那を始めとして段々と「フットボールプレイヤー」が集まり始める
大会時には完全に結束した主人公のチームは危なげなく緒戦を勝ち進み、葉柱との対比を際立たせる。
そして葉柱が敗退した後の場面がこれである。

恐怖政治でまとめ上げたのは同じはず、だった
ヒル魔の目線が天才のそれ

主人公達も勿論とても魅力的だ。
それぞれが持たないものを自覚しながら持っているものを最大限活かして強敵たちに食らいつく。
友情、努力、勝利を正に体現しながら彼らは成長し、勝っていく。
だが、それと同じだけ、いや、それ以上に敗者がいるのだ。
アイシールドはその敗者へのスポットライトを決して緩めない。血が滲むような努力の果てに勝利した主人公たちを尻目に敗軍の将を克明に描く
世の中には敗者の方が圧倒的に多い。どんな人間だって勝ったことよりも負けたことの方が多いに違いない。
この作品はその"敗北"をこれでもかと真正面から描き読者に容赦なく突きつける。しかし彼らの努力を、苦悩を、葛藤を知っていればこそ僕らはそれから目を逸らすことが出来ない。重く受け止めることしかできないのだ。

今紹介した彼らだけではない。
その他にも数多くの熱い敗者がいる。
勘違いしてほしくないのはアイシールドはそういった影、苦さだけに殊更にスポットを当てている訳ではない
手に汗握るバトル、ぶつかり合うライバル心と友情、そしてそれを支える努力、最後には勝利の感動というとんでもなくド直球の正統派なドラマが色濃く描かれている。
ただ、その光を見せるための影の見せ方がとんでもなく上手いのである。

この世界で彼らは皆がそれぞれの動機で、それぞれの気持ちで努力をしている。
だが、努力をすれば必ず報われる訳ではない。頑張れば勝てるという訳でもない。個性の先に覆せない天賦の才はある。挑戦者は決して平等ではない
そのリアルな厳しさと漫画としてのカタルシスの強烈なギャップ、これがアイシールドが最大に熱く、心を揺さぶる漫画である理由だと思う。
アメフトのルールなんか知らなくても全く問題ない。とにかく読んでみれば考える間もなく彼らの青春にのめり込むこと間違いなしである。
昔熱くなった人はもう一度、まだ知らない人はこれを機に、アイシールド21を是非読んでほしい。
何かに熱く燃えた経験がある人もない人も、負けたことがある人もない人も、誰もが心の底から熱くなれることを保証する。

読み終わった感動と熱さの余熱で一気に書き上げてしまった。
アイシールド好きな人は是非一押しの名場面を教えてほしい。

以上、リコでした。

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