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単発のショートショート。以下のリンクに改稿履歴を残しています。 https://github.com/Fe2O3-neko/ShortShort
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#短編小説

マスク、どこにも売っていないのにみんなつけている

マスク、どこにも売っていないのにみんなつけている

マスクがどこにも売っていない。

今、世間では不織布マスクが大流行している。街を歩けば、すれ違う9割の人がマスクを着けている。
残りの1割は俺と同じはみ出し者だろう。

みんなこぞって、何かに取り憑かれたようにマスクを求めている。中には早朝から販売店に並んで入荷を待つ人もいると風のうわさで聞いた。

何か彼らをそこまでかき立てるのだろう。売っていないものを、みんなどんなマジックで入手しているのだろ

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安楽死法

安楽死法

ずっと昔、ほとんどの人間は苦しみながら死んでいったの。

わたしは生まれたことをとても不満に思っているけど、それでも今この時代──誰でも好きなときに死を選べる時代──に生まれたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。そうでなければわたしは生きている間ずっと苦しんでいて、きっと死ぬときも苦しんだことだろう。

18歳の誕生日を迎えてから数日後、わたしの社会保障番号は安楽死希望者リストに登録された。安楽

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妖怪の正体─3

妖怪の正体─3

名無しは月を間近で眺めていた。地球周辺と同様に、月の周りもとても賑やかに感じられる。様々は電波が飛び交い、絶えず情報を交換している物質が存在する。ここに、あの妖怪たちのいう「神様」という知性体が存在するのだろうか。
名無しには光学的に物を見る器官がない。かわりにあらゆる量子のやりとりを認識できる。地球にいたあの古い木やキツネも、少量ながら同様の分子を纏っていた。その上位存在というからには、同様の分

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妖怪の正体─2

妖怪の正体─2

月のない夜は星の明かりだけが頼りだが、ケヤキの近くには街灯が設置されていた。真っ白な光が煌々と辺りを照らし、葉や幹にくっきりとした影を作っている。

「こんな明るいところにいたら怖いやつに見つかっちまうかも」

約束どおり新月の夜にやってきたキツネは、落ち着きなくケヤキの影に身を潜めている。連日降り続いていた雨は、さっき空から降ってきた光によって消滅した。今、ケヤキの上空には夏の星空が広がっている

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妖怪の正体─1

妖怪の正体─1

奥羽山脈の西側にある盆地を見下ろす高台に、一本の大きなケヤキの木がある。樹齢二千年ほどの古い木だが、枝いっぱいに茂った葉は青々としている。それは、降り出したばかりの夕立を受けてツヤツヤと輝いていた。そこへ一匹のキツネが雨宿りにやってきた。尾が二本ある、これまた古いキツネである。

全身を震わせて水滴を落としたキツネは、ケヤキの根本に座って雨粒が葉を叩く音を聞いていた。
とつぜん、良い雨だね、と声が

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