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終わりになんかしたくない。

彼の背中をぼーっと見ながら考える。
いつも通りの馴れ合いな日々が今日も終わっていく。2人で作ったルールも今やただこなすだけのタスク。面倒だなと思われてるかもってちょっと気を使ったり。

取り繕って偽り合うこの関係ってなんだろう。

ふと抱きついてみる。
あったかいなぁ…。
彼はこっちを向くと、そっと私を抱きしめて頭をポンポンと優しく撫でた。
私の心がチクリと痛む。
「どうした?」
優しい声できく彼。しばらく沈黙が続く。
そっと彼に目をやると、彼も私の目を見ていた。

「…別れたい。」
精一杯を振り絞ってほんの小さな声を出す。
彼は一瞬動揺したようにも見えたけど、わからない。じっと私の目を見つめている。そして突然ギュッと強く私を胸に抱きよせ、声を上げて泣き始めた。
「別れたくない」
泣きながらそう言う彼に胸が痛む。心が揺らぐ。

まだ好きだよ、でも一緒には居られない。
いつか必ず向き合わなきゃいけない現実は今の関係をぶち壊してしまいそうだから。好きなままでいるには、向き合わずに離れることぐらいしかないと思う。

そんな心の内を全て伝えてしまいたいけど、言葉にすると意味がうまく伝わらない気がして言えない。
「ごめん」
最大限彼のために言える言葉はこれだけだった。こんな自己中な理由、泣くのすら許されない。だから必死で喉に力を込めて我慢した。

しばらくたったあと、少しだけ1人になりたいと出て行こうとする彼を抑えて、私が部屋着のまま外へ。寒さで身体がすくむ。厚手のジャケット羽織ればよかったと少し後悔したが、どうでもいい。外の濃霧に包まれながら階段を上り屋上へ向かう。

気分が沈んだ時によく来る場所。綺麗な街並みに癒されて大抵のことはここで乗り越えてきたが、今日は靄のせいでいつもの景色がそこになかった。
夜明けはすぐそこにあるはずなんだよな…。
つーっと一粒の涙が頬をつたう。
その瞬間ストッパーが外れ、滝のように涙が溢れ出て止まらなくなった。泣いちゃダメだとわかっていても溢れてくる涙。
「今じゃなかったのかな…」
つい口に出てしまった言葉が自分の胸にグッサリと刺さって、もう少しで落ち着きそうだった涙の洪水がまた戻ってくる。

いや大丈夫、これでよかったんだ。

そうやって何度も言い聞かせる。

気分を落ち着かせて部屋に戻ると彼はソファに座っていた。何も言わず彼の隣に座る。
しばらくの間2人とも何も話さなかった。

「本当に、別れなきゃいけない?」
彼がゆっくりと口を開く。
彼の顔を見ると、私の方をじっと見つめていた。
「うん、別れたい」
しっかり目を見て伝える。
「そっか」
彼から視線を逸らす。
次に投げられる言葉の予想がつかず、怖かった。
すっごく逃げ出したい。
「ねえ」
ギュと手を握りしめて次の言葉を待つ。
「こっち見て」
視線をゆっくりと彼の方へと移した。
瞳がまだ少し潤んでるように見える。
「今までありがとう」
その言葉は心臓を強く貫いた。

本当に終わってしまったという実感が押し寄せる。後悔と安堵が複雑に入り混じった感情に心が落ち着かなかった。別れを切り出したのは私のくせに、いつまで経ってもトゲが刺さったまま抜けない。これが最善だと思いながらもやっぱり違ったかなって何度も不安が押し寄せた。そんな全部の感情に重い蓋を被せ、静かに返す。

「ありがとう」

これが私たちの終わり。
もうこれ以上近寄れない私たちの小さな柔らかくて優しかったはずの恋は心に靄を残して、紡いできた糸を引いたままゆっくりと消えていく。

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