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【超・超・短編小説】苔と肛門とブロッコリー


あたしと結婚したほうが幸せに決まってる、と
うりは言った。

負けず嫌いがでた。

じつは、うりは、結婚じたい、そんなにしたいわけではなかったし、カズミには地味めな彼女がいることも知っていた。

でも、とにかく、今カズミはじぶんに夢中だとわかっていた。くるくる振り回しながら、ついうっかりいい気になっていたら、
藪から棒。

 って言葉、初めて使ったけど、合ってるのか。

秋に結婚するんだ、とカズミが言った。


あたしとしたほうが幸せに決まってる、と
うりは言った。

うりとは結婚できない、と
カズミは悲しそうな顔をした。
なんでよ、
と、うりは睨んだ。

うりとは普通に暮らせない。

苔をズームで撮った写真みたいには
暮らせない。

カズミはそう言うと、
まっすぐにうりを見た。

なに?
コケ? 
そしてどうして? 
そうやって、まっすぐ見てるの。

長い沈黙のあと、カズミが言った。
朝食に茹でたブロッコリーを食べたい。

・・・何をつけるの?

今度の沈黙は、
たぶん、さっきのとは内容が違っていた。
カズミが醒めたような目をして答えた。


・・・なにも
ただ茹でただけ。

ブロッコリーなんかいくらでも茹でるわ!

ちがう。


もう決めたんだ。彼女が泣いたから。

??
は?
??
は?


カズミがほとんど泣いた。


ほとんど泣きながら、
さいごにもう一回みたいな感じでいろいろした。
うりは泣かずに、
めちゃくちゃ変な格好して変な声出して、
肛門見せてって言ったけどカズミは見せてくれなかった。
取っ組み合いしてベッドから落ちて夏臭い畳の匂いの上で転がりながら
カズミの両脚の間に首を突っ込んでお尻の左右をひっ掴んで無理やり見て、
めちゃくちゃ見た。

うりには、それが合ってるのかどうかわからなかったけれど、
それ以外に引き止める方法がみつからなかったのだ。

あたしのほうが絶対いい。


そんな結婚やめるか、
それとも絶対また来るって約束して。

そうじゃなければ帰らせない、絶対ぜったいぜったいって、アホみたいに絶対を繰り返しながらドアの前で力づくでバリケードをつくって、お隣に聞こえそうな大声で、だってあたしはカズミの肛門見たのよって叫んだけれど、
カズミは半泣きで帰ってしまった。


そういうわけで、
カズミはうりの知らないブロッコリーを茹でて泣く女と結婚した。


ねえ、
なにか間違っていたの?
結婚はそんなにいいの?
けっこんてなに?


うりは、苔の写真なんか撮ったことはなかったし、考えてみたら、計算高いくせに幼稚で臆病で薄情で偏屈なのは、カズミの方じゃなかったのかと。

涙を拭いたうりは、つぶやいた。

もういいわ。
お幸せに。

忘れないわ、肛門のこと。



(おしまい)


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