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[小説]ボンドブレイカー 010)インターミッション(4)

〔1話目から↓〕

〔前回のお話し↓〕


〔010 本文〕

緒野おのさんが月元つきもとさんだったら、誰が一番嫌いだと思う?」
秋河あきかわさんの視線は、月元さんの名前で留まっていた。

月元さんに関しては、正直言葉に困る。

月元さんは、伊津いづさんと同じように感情的な人。
二人は似てるけど、伊津さんが感情を出さないように行動を抑えてるのに比べて、月元さんはいつも、言動と共に気持ちを爆発させてる感じだ。

だけど、柏居かしわいさんがこの間、こんなことを言ってた。
「月元さんって、ものすごく素直なところがあるんだ」
私には、ただ攻撃性の強い人にしか見えないけどと、思いながら続きを聞いた。

「さっきもね。壁紙やカーペットのサンプルが大量に届いてて」
「設計課に、ダンボールが山のように積まれてた。あれね」

「そう、それ。雪下ゆきした課長が一人三個ずつ、応接スペースへ運びなさいって言ったの」

確か、設計課の皆がそれぞれダンボールを抱えて一階へ移動している間に、真名部まなべ君が台車で、残りの箱全部を運んで行ったのを見た。

「月元さんが、一個運び終わって設計課へ戻って来た時には。夏原さんに言われた真名部君が、全て運び去った後だったんだけど」
柏居さんは一生懸命笑いをこらえてる。

「月元さんが私のところへ来て『まだ三個運んでないんだけど、どうしよう』って言ってくるのよ」

「それは素直じゃなくて、融通が利かないだけじゃない」
言ってから、ああそうか、月元さんには発達障害の傾向があるんだなと思った。

Dr.ディアスのドラマ内で取り上げられることがあるから、特別なこととは思わない。

発達障害を抱える人は、グレーゾーンと呼ばれる診断を受けてない人も含めたら、世間一般で考えられてるより、ずっと数が多いはず。

更に言えば、私達は発達障害とそうでない人とを分けて考えてるけど、発達障害の特徴を知れば、自分にも一つや二つ当てはまる症状があることに気付く。

月元さんは障害の要素を他の人よりたくさん抱えてるんだ。

月元さんが抱える発達障害には、言葉を文字通りにしか受けとれないといった症状を持つ人がいる。

私達にとっては、相手の言葉の意味をニュアンスや表情から判断するのは普通のことだけど、月元さんにとっては、人の発した言葉は文字以上の意味を持たない。

そういう人は、言葉に含まれる喜怒哀楽を読み取ることが難しいと、Dr.ディアスも言ってる。

例えば『最近どうなの?』なんていう曖昧な問いかけには、何を聞かれているか分からなくて混乱してしまう。
想像したり、察したりするのが苦手なのだ。

それを補うために、自分の話ばかりしてしまったりするし、相手が傷つく言葉を言ってしまったりするらしいけど、本人には悪気が無い。

月元さんのような場合は、知的能力や
言語の発達には遅れがないから、気付かれないまま大人になるケースもある。

本人に障害の自覚が無くて、周りにも気付いてもらえない状態は、どれだけ生き辛いだろう。

会議での場違いな発言や、特に騒がしくしてなくても『うるさい』と、月元さんが周りに怒ってるところを聞いたことがあったけど、今思えば全て、ある発達障害の特徴だ。

柏居さんは笑い話で終わらせたけど、忙しい時や、私達にとってはどうでもいいことをいちいち相談されたら、言われたほうはイライラしてしまう。
月元さんがちょくちょく、人とトラブルを起こすことに納得がいってしまった。

今ここで秋河さんに、そのことを話しても仕方が無いか。
結局それは、月元さんの個性だと受け入れていくしかないことだし。

そもそも、私が勝手にドラマの影響で判断してるだけ。
同じドラマを見てる秋河さんでも、私と同じ解釈にはならないかもしかれない。

私は改めて、月元さんが事件に関わっていたならという仮定に立って考えた。
「月元さんにとっては、嫌いじゃない人のほうが少ないかもしれないですね」
反対に、月元さんを好きな人も少ないと思うけど。

「協調性に乏しいのは、人嫌いからかしら」
秋河さんが眉間を寄せた。

協調性に乏しい理由は分析済みだけど、直接答えるのは避けておこう。

「雪下さんを無視してるっていうのを聞いたことはあります。それと。夏原さんを敵対視しているっていう噂は、いろんな人から聞きます」
「敵対視?」
秋河さんが前のめりになった気がした。

「月元さんのほうが少し先輩だから、ムキになってる感じだと思います。夏原さんの良いところを、絶対に認めようとしないですし」
「女同士で、同じ主任という立場だし。仲良くするほうが難しいかもね」

出世などから離れた立場にいる私には賛同する気持ちは芽生えず、そういうものなのかなとしか思えない。

私の中では、月元さんは加害者にも被害者にもなりそうだという結論になっていた。

〔011 へ続く〕


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