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[小説]ボンドブレイカー 001)加害者

〔概要〕
大手ハウスメーカーが舞台。
容疑者は全社員。誰が襲われて 誰が襲ったか。
未だに男性優位の建築業界で働く技術職、女性社員の憤りとたくましさ。建築家として生きること、設計士を選択すること。登場人物達の成長と選択を描きます。


〔001 本文〕

透明ガラスの向こうに、台車を押して行くあいつの姿が見えた。
明るい廊下を横切って行く白いシャツを、事務室の中から目で追う。

あいつが台車に積んでいるのは、上半期の間に建物が完成し、検査を終えた物件のファイルだ。
各物件ごとに、顧客の情報と建物の設計図などが綴じられている。

十月末にもなると、めっきり涼しくなったが、空調の効いていない夜の事務室は、少し動くだけで汗ばんでくる。
事務室内では、うちわで仰ぎながら作業している社員が目立つ。
さっきまで、あいつもタオル片手にファイルを整理していた。

奴が視界から消えるのを待って立ち上がり、事務室を出た。
あいつがどこに向かったかはわかっている。
ひんやりとした廊下を進み、保管庫へ向かう。

カーペットタイル敷きの床は足音を消してくれた。
歩きながら、ポケットに用意しておいた手袋を取り出して指を入れる。
周囲を見回し、誰にも見られていないことを確認した。

保管庫の扉は開け放されたままだった。
息を整えて覗くと、廊下よりも冷えた空気が顔に当たった。

スチール製の棚で四方の壁を取り囲まれた、縦に細長い部屋の一番奥にあいつがいた。

一人だ。

背を向ける格好で、棚の中のファイルの位置を動かしている。
場所を空けて、運んできたファイルの収納スペースを作っているのだろう。

そっと歩み寄り、奴から少し離れた所に置かれた台車の手前に立つ。
積まれたファイルの内の一冊を、ゆっくりと両手で持ち上げた。

ずっしりと重い。
A4のハードファイルで十センチほどの厚みがある。
背表紙には『堀市ほりいち直哉なおや様邸 完了検査』とテプラのシールが貼ってある。

そう言えば、今着けているこの白い手袋も、堀市様邸の見学会で使用した物だ。

あの時も、こいつは偉そうに指示を出していたと、胸の内に怒りが湧いてくる。
だか、頭の芯は冷静だったし、迷いもなかった。

そのために、ここへ来たのだから。

気配に気付いて、振り向くその瞬間を捉え、逃さなかった。

やつの顎の下目がけて、持っていたファイルを振り上げた。
両手で思いっきり振り切ってやった。

奴は吹き飛ばされるようにして後ろへ倒れ、収納棚の角に頭をぶつけた。
その拍子に薄く開いた唇から「あ」とか「が」に聞こえる音を発して、虚ろな目になった。
そのまま足から崩れ落ちていった。

多分、顔は見られていないが、このまま放置して、死んでくれたら助かる。

どちらにしろ、しばらく会社に来られない程度のダメージは与えた。

凶器にしたファイルを、放り出すようにして山に戻し、急いで出口へ向かう。
照明を落とし、扉を静かに閉めた。

〔002 へ続く〕


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