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【詩】氷の女王【創作】

『氷の女王』
                    作 なもなも

わたしだけ行けるひみつのお城
そこにあるのにそこにない ふしぎなお城
行き方おしえてあげようか?

まずは始まる大合唱 とうさんかあさんピーチクパーチク
コップとポットが行き来して ガラスの破片が散乱したら
にいさん壁をドンドンドン ねえさん部屋でアンアンアン
わたしは窓から家を抜け出す

夜の虫 わたしにたかる
「迷子なの? キャンディー食べる?」
飛んで火にいる夏の虫
どっちが虫か、あなたに分かる?
ピシャンって両手で打ち殺しちゃうんだから

つぶれた虫をふみつけて あるきだしたわたしは一人
とおせんぼするのはだれ?
ネオンの葉っぱと鉄鋼の幹が立ちふさがる この先たちいり禁止だって
でもわたしには分かってる
「女王を守る騎士様たち 奥にあの城かくしてるんでしょ?」
三回まばたき 二回深呼吸
「おじゃましたいの、女王様に会いに」
ゆっくりおじぎ
そしたらほらね、ビルの森がひらいてく

あらわれたのは暗い道
静かで狭くて空っぽの一本道
あるく足音 ひたひた響く
そびえ立つのは氷のお城
家出したときだけ行ける氷のお城

お菓子も暖炉もおもちゃもない
召使いも妖精もどうぶつもいない
そこにいるのはひとりの女王
雪より冷たい氷の女王

氷の女王はわたしを見るとちょっとヤな顔
「こんなところに来ないでよ。アンタのことは忘れたいの」
そう言って銀色のかんむりちょっと直す
わたしも真似してあたまをおさえる
女王様はますますヤな顔
氷に映ったそれ見てぽつり「ヤな女……」
銀色のかんむりがキラキラしてる
いいなあ あれ 欲しいなあ

氷の女王は氷をまとう
氷の女王は氷の息はく
氷の女王は氷を涙す

あんなに綺麗になれるなら
“ヤな女”だっていいじゃない?

女王が治める氷のお城
何もかもが凍ってる
永遠に溶けない立派なお城
だれもそれを壊せない
だれもそこには入れない
わたし以外

こんなお城に住めるなら
“ヤな女”だっていいじゃない?

「早く帰って、おばかさん」
「いやだよ、ずうっとここにいたい」
「あんたのお城じゃないの、ばか!」
「どうしたらわたしのお城になるの?」

女王様はまたちょっとヤな顔
氷のドレスをひるがえし さっさと玉座にあがっちゃった
わたしはツルツルすべって追いつけない
見上げるばかりの高い玉座
支えているのは氷の柱
のぞきこんだらわたしはとりこ
ズラリと連なる 心木は人間
モノ言わぬまま閉じ込められた
氷に詰まった それは人間

我を忘れて見入ったわたし
信じられずに目を疑った
初めは誰だか分からなかった
尾羽打ち枯らしたその様子
醜くみじめに変わり果て
骨ばった膝おりまげて
薄い唇ひんまげて
目玉をぎょろり 血走らせてる
氷のなかのそれはとうさん
女王の足元 それはとうさん

「どうしてとうさんがここにいるの?」
「とうさんなんかじゃないわ」
「わたしのとうさんだよ」
「わたしのとうさんじゃないわ」

要点とらえぬ押し問答
同じところをぐるぐる回る
しまいに何の話かわからなくなった
仕方がないから氷の中のとうさんを見た

とうさんってこんなに小さかったっけ?
うずくまった体 わたしより下にあるその頭
知らないうちにわたしが大きくなったのかしら
巨人の国の巨人の王様 それがとうさん わたしのあるじ
子どもぎらいのそのあるじ 生まれた子どもを小人と名付けて召使いにした
自分のことで忙しい巨人 小人はせっせとお手伝い

その巨人が女王の足元で凍ってる
氷の女王に目を付けられたら さしもの巨人も形無しだ
女王にとらわれ出てこられないようにされちゃった

わたしのとうさん
もう動けないとうさん
もうしゃべれないとうさん
もう睨めないとうさん
とうさん とうさん
ただの椅子になったとうさん

なんだ とうさんもたいしたことないね
とうさんがこわいのはとうさんの国の中だけだった
氷のお城ではみんな等しく女王のとりこ

お城を支える柱のなかは
どこもかしこもうずくまった人間でいっぱいだ
凍った人間でいっぱいだ
氷の女王 彼女の前では何もかもが凍り付く
出会った人間 みんな氷に閉じ込めて
作ったお城が氷のお城

「でもとうさんの上が空いてるよ」
「そこには世界で一番ばかな子を入れるつもりなの」
「それってだれ?」
「アンタよ!」

伸ばされる氷の手
凍ったほっぺをおさえて飛び出した氷のお城
一目散の一本道
「女王を守る騎士様たち 今度はわたしを守ってね」
背後でビルの森が閉じていく

夜の虫 わたしをたたく
「さっきはよくも!」
汚い鱗粉が顔にかかってむせかえる
今度つぶされたのはわたしの方

ペラペラの紙切れみたいになっちゃったから
風に乗って家に帰った
窓からスイっと入り込み 降り立った途端パキン
見れば床一面に氷の絨毯
シンと静まるうちの中
空気がキラキラ凍り付いてる

そおっと開けた リビングの扉
中ではとうさんかあさん氷漬け
振り上げた手足が交差して 一緒に踊っているみたい
にいさんも部屋で氷漬け
わたしのノートを隠してた
ねえさんはベッドで氷漬け
大好きな人と一緒でうれしそう
みんなみんな氷漬け わたしのうちも氷漬け

これでやっと綺麗になった

頭を触るとそこにはかんむり
氷でできた銀のかんむり
わたしはちょっと位置を直して
わたしのお城のわたしの玉座に腰かけた

氷をまとい
氷の息はき
氷を涙す 氷の女王

醜いものを氷に詰めて
汚いものを氷に詰めて
きらいなものを氷に詰めて
綺麗な氷のお城をつくった
氷のお城の女王になった

わたしだけの 氷のお城
誰も来られない氷のお城
ビルの森に隠れた氷のお城

そんななか……
だれかが開ける氷のとびら
あんまりつめたい氷のとびら
あんまり重たい氷のとびら
あんまりかたい氷のとびら
開けられるのはひとりだけ
家出してきたあの子ども
氷に詰めそこなった昔のわたし

「こんなところに来ないでよ。アンタのことは忘れたいの」


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チョコッとチョコのおはなししてます。


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