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第八十二話 青空レストラン

もくじ

 全員揃ったところで、バーベキューが始まった。

 真一は葵とアクアパッツァを作る。使う魚はショゴとトビウオ。イサキがあれば良かったのだが、昨夜釣れなかったので、あるもので間に合わせる。べつに白身魚でなくても、アクアパッツァは美味しく作ることができる。

 松浦がツーバーナーを用意し、真一はトビウオの下処理に取り掛かった。クーラーボックスから取り出した魚は、まだ死後硬直すら始まっていない。背中の色も、「青魚」 の所以たる瑞々しい海の色そのもの。こんなに新鮮な魚を使えるのは、釣りを兼ねたバーベキューだからだ。

 隣では、真帆と夏希が野菜を切っている。夏希の手元のパプリカは、子供の頃にはほとんど見ることがなかった野菜だ。一般に普及したのはいつ頃だろう。「イタ飯」 が流行ったバブルの頃だろうか。二人とも日焼け対策に着ていた服を脱いで、水着に戻っている。肌に残った塩が服と擦れて痛いのだろう。川やプールで泳ぐ分には平気でも、海水浴ではこれがけっこう煩わしい。

 捌いた魚をバッカンに入れて海に持っていくと、浅瀬で坂戸と竹原が自分たちが釣った魚を洗っていた。

「うわっ、この色、洗っても落ちねーよ」
「これって白身魚? それとも赤身魚?」
「さあ。青身魚……?」

 トンチンカンな会話をしながら洗っているのは、ブイヤベースに使う魚だ。竹原が握っているアナハゼは、実はカサゴやムラソイと同じ白身魚。青い身は火を通すと白くなり、味も淡白でクセがない。

 タープに戻ると、調理に取りかかった。熱したフライパンにオリーブオイルを引き、半分に切ったトビウオを入れる。見栄えを重視して、胸ビレは付けたまま。一緒に入れる具材はミニトマトのみ。あとは風味付けに海水を加えるつもり。一足早く調理を始めていた葵は、もう少しでショゴのアクアパッツァを完成させそうだ。魚が新鮮なので、塩で臭みを取る工程が省け、調理時間を短縮できたそう。別のタープでブイヤベースを作っている仲間たちの状況も順調。岡崎は大きい貝の口や内臓を取り終え、美汐も香味野菜を炒め終えた。松浦がツーバーナーを何台も持ってきてくれたので、調理が滞ることはないだろう。

「おーい、カルパッチョ出来たよー。食べれる人から食べちゃってー」

 真名井さんと一緒にカルパッチョを作っていた久寿彦が、端っこのタープからみんなに声をかけた。少し話し合って、坂戸と竹原が最初に食べることになり、二人は使い捨てのカトラリーを持って久寿彦のところへ向かった。すべての料理が出来上がってから食べ始めるより、一品出来上がった都度食べていったほうが効率的だ。

「こっちもタンドリーチキン焼けたー。あと誰か焼方代わってくれー」

 首にタオルを巻いた西脇が、顔の汗を拭いながら言った。炎天下、バーベキューコンロの前でトングを振るい続けるのは、さすがにきつい。折り畳みイスに座っていた益田が、はいよー、と言ってタープから出ていく。益田は脚付きの五徳に鍋を乗せてタコを茹でていたが、もう三匹とも茹で上がって、ちょうど手が空いていた。

 二人分のアクアパッツァを作った真一も、岡崎に続きを託して、一旦ツーバーナーの前を離れることにした。

 隣のタープに移ると、坂戸、竹原とテーブルを囲んでいた四谷に、片方の皿を渡した。トビウオを拾って来たのは四谷だから、四谷にはトビウオのアクアパッツァを食べる権利ないし義務があるはずだ。

 その後、カルパッチョとタンドリーチキンを取ってきて、四谷の正面に座った。タンドリーチキンとアクアパッツァは、まだ熱いので手を付けない。先にカルパッチョからいただくことにする。まずは、アカハタのカルパッチョから。こちらはほんのりピンクがかった身に、野菜の色がよく映えて食欲をそそる。ナイフとフォークを使って口に入れると、レモンとオリーブオイルの爽やかな香りが広がった。身はコリコリして、脂は少ない。あっさりしているので、刺身よりカルパッチョにしてよかったと思う。お次はシマアジ。こちらは、とても上品な味だ。さっぱりしつつも味に深みがあり、養殖物とは別物と言っていい。わさび醤油の和風ソースとの相性も抜群。これを店で食べたら、どのくらいするだろう。天然物のシマアジなんて、寿司屋なら時価だ。そんな高級な魚を釣ってきた上に、調理までしてくれた真名井さんに感謝したい。

 食べながら、四谷が撮った写真を見せてもらった。迷信深い山村に育った四谷らしく、デジカメの液晶モニタに表示された画像も、風光明媚な入り江の景色より、妖怪っぽいというか、一風変わった生き物が多かった。最初に見せてもらったのは、深めの湾処に群れていたというイトヒキアジ。水面付近で触手のように動き回るヒレを見て、最初、クラゲかと思ったそうだが、見る角度を変えると、水の中で菱形の魚体が光っていることに気づいた。次に見せてもらったのはオニヤドカリ。こちらは、サザエの殻を住処にした大型の赤いヤドカリだ。どことなく南国に生息するヤシガニに似ている。天然の船着き場みたいな岩場にまとまって落ちていたらしいから、漁師の網にかかったのだろう。モニタには、タイワンガザミも映し出された。青と紫の鮮やかな爪を持つワタリガニの一種で、「アオガニ」 の呼び名もある。「タイワン」 と付いていても外来種ではない。その点は、「チョウセンハマグリ」 と同じだ。尾根道ですれ違った地元のおじさんと立ち話になって、肩から提げていたクーラーボックスの中を見せてもらったら、ガザミと一緒に紐で縛られた状態で入っていた。四谷は 「爽やかな」 カニの見た目に思わず、歯磨き粉みたいな味がしそうですね、と言ってしまったそうだが、おじさんは気を悪くするでもなく大笑いして、茹でると美味そうな赤い色になるよ、と教えてくれた。実際、食べて美味しいカニだ。

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