こども達に『悩んでもいい、頼っていい』を伝えるために親ができること
こんにちは。たなゆうです。
うちの子供は6歳、3歳。私自身の記憶では、もう上の子くらいの年齢から色々な悩みがありました。
でも言葉にするのがうまくもないので『親に相談する』という選択ができなかった。
言葉にできるようになる頃にはもう思春期で、親になんて絶対相談したくありません。
そうこうしながら自分でどうにかしてきたことが糧にもなっていますが、自分の子供たちには『何かあったら相談してほしい』と思うのが親心。
さて、どうしたら良いのでしょうか。
子供が親に相談できる『土壌』を作る
先日のツイートがこちら。
『困ったことがあったら相談してね』と子供に言いたい一方で。
親である私達は、なんとなく『子供には親が悩んでいる姿を見せてはいけない』という価値観があったり『泣いている姿を見せない』とか『ギリギリまで頑張る』というような選択をしがちなのではないかと思ったりもします。
子供の立場で考えてみれば『相談し合う』という文化が根付いていない家族の中で、子供が抱える(子供の世界では)大きな悩みを自分だけが開示するというのは結構ハードルが高いのではないかと思うのです。
そこで、こんな仮説を立てました。
『親も完璧ではなく、悩んでいる』ということを開示して、『何かあったら相談する』という文化を先に作っておいたら、子供たちに悩み相談に対する壁がちょっと低く見えるのではないかと。
その仮説に基づき私は日々の悩みを子供達に開示していくことにしました。
子供への悩み相談事例
子供への相談事例は多岐にわたりますが、例えばよくあるYoutube問題。
シーンは夜、寝る直前の少し穏やかな時間。
『お母さん、実は悩みがあるんだよね…』
と、ものものしくスタートします。
『◯ちゃんがYoutube見たい気持ちはわかるけど、みすぎると目が悪くなると思うからやめて欲しいという気持ちもあって。それを止めるために怒りたくもないけどどうしても怒っちゃう。どうしたらいいと思う?』
とか、
『◯ちゃんがYoutube見たい気持ちはわかるけど、見ている内容がお母さんはちょっとくだらないと思っちゃう。もっと役立つものを見て欲しいと思うけど、自由に見たい気持ちもわかるからモヤモヤしてる。どうしたら良いと思う?』
…という感じ。
※字面で見るととても穏やかな母親のように見えますが、ずーっと見続ける娘に対し、『もういい加減にやめなさい!!!』『消すよ!!』を何十回もやっています。しかもYoutube見ててもらった方が自分も楽だから見せてたくせに、急に思い立って怒り出すというなんとも理不尽な自分自身の振る舞いに嫌気がさしたりしていることをここに補足します。
相談するときのポイント
これは何度かやってみての経験ですが、何か別のことをしていたり、普通の会話のように話してもイマイチでした。
夜寝る前など精神的に落ち着いた時間に、『本当に悩んでいて、もうあなたしか頼る人がいないような雰囲気』で。
相手の目をしっかり見るか、暗い空間であれば手を握るなどの接点を持つのがポイントです。
すると、娘もまんざらではない感じで
『そうだねー。そしたらさ、時間を決めたらいいんじゃないかな。とけいはちょっと読めないからタイマーかけるとかさ。』
と提案をしてきたり、
『お母さんはどんなチャンネルをくだらないと思うの?』
と掘り下げてきたり、
『あー、それはお母さんの気持ちもわかるけど、あのチャンネルは工作が上手になるチャンネルだと思うから見ても悪くないと思うよ。安心して。』
と、共感と共に交渉してくる高等技術を使ってきたりします。
ここではYoutubeを見るか見ないかどうするかを決めるということが目的というよりも、悩みを家族に話してスッキリするという文化を作ること。
なので結論はどうでも良いのですが、実際このやり取りで私は結構スッキリします。
さらには子供に考える能力やコミュニケーション能力がつくのではないかという気もしますし、何より子供の自尊心が育つと思うのです。
頼られることで育つ自尊心
子供はついつい親に怒られがちですが、(小さなうちは)大好きな親に頼られるということは嬉しいもの。
人から頼らると悪い気はしない
というのは、大人も子供も同じではないでしょうか。
冒頭のツイートに続き、こんな投稿をしました。
本人の気持ちはわからないのであくまで推測ですが、例えば今回の例であるYoutubeのような事案があったとき。
大きなため息とともに『もう!いい加減にしなさい!!』だけで終わる
というのと、そのあとの時間に
さっき怒っちゃったYoutubeのことだけどさ、お母さん悩みがあるんだよね・・・というコミュニケーションを取って終わる
のとでは全然違うと思うのです。
『悩みはあるもの』というのがスタンダード。
私たちは『何事もない平和な家庭』が理想だし、子供たちにも幸せに暮らしてほしい。
だけれども、実際の生活というのは色々な悩みが大なり小なり発生します。
その原因が家族であることも、そうでないことも含め、とにかく悩みがあること自体がスタンダードだと思うのです。
一方で子供の世界でも同じく、楽しく平和で幸せであってほしいのが理想ではありますが、そのまま何事もないなんてあり得ません。
親がどれだけ手を尽くし、心配したって子供達は『悩み多き世界』へと突入していきます。
でも、早い段階で『悩みがあるもの』というのがスタンダードだと親から示すことで、子供は先々『悩む状況になってしまった自分』を責めなくなるのではないか。
家族がセーフティーネットである事を『頼られる側』として経験することで、いざという時に頼りやすくなるのではないか。
それが巡り巡って『いきるちから』につながるのではないかという仮説を立て、今日もバシバシ悩みを開示しています。
親的にも完璧な親像を早々に手放せて楽になるのでおススメです。
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