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子どもの心の育ちへの喜び
現在小学校6年生の我が家の息子、ランドセルをしょいながら外ではポケットに手をいれて恰好つけて歩いているのをみかけました(笑)。
家ではなかなかの甘えん坊でおしゃべりな息子なので、そんな姿を見かけるとほくそ笑んでしまう母です。
そんな息子ですが、日常の何気ない音、におい、季節や天候から変化する空気感などから自分の好きなことや時間を切リ抜き、話してくれることがあります。ほんのささいな日常の一部の描写なのですが、自分の眠っていた感覚が呼び起こされるのです。
例えば
「鍋を火にかけた時にコトコトいう音を聞くと家族といる感じがして安心する。」
「雨の時の外の湿った空気の匂いが特別感があって好きなんだ。」
「台風の影響でくるくるかわる天気って赤ちゃんみたいでかわいいよね。」
学校から帰ればおやつを握りしめ、すっとんで愛車の自転車にまたがり遊びに行きます。
外で遊びまわっている分、自然の変化はいち早く反応して感じたことを報告してくれます。
勉強不足を憂いながらも、彼の「感じる心」の育ちとそれを言葉で「表現」できるように成長していることを嬉しく感じています。ちなみに息子は本を読むタイプではないので(笑)息子自身が感じる言葉なのだなと思います。
彼が自分の五感を通した世界を表現した時は、描写された世界に心を寄せてみるようにします。なんとも面白くて優しい世界。異空間にもぐったような時間が流れます。
大人の私がすっかり慣れ切ってしまった当たり前の日常を、新たな気持ちで生き直すきっかけをもらっています。
ある日の夜の会話です。
息子「明日の朝も楽しみ(弾んだ声で)」
私 「明日は学校で何かあるの?」
息子「別にないよ」
私 「あっ明日の朝ごはんは、パンじゃないよ(息子はパンが大好きなので 期待しているのではないかと勘違いし始める私・・)」
息子「だって明日も起きたらママに会えるし」
勝手にまた、息子が何かを期待しての言葉と勘ぐり、それには対応できないよと伏線を張るような私の返答に大反省。
毎日の当たり前を喜びとして感じてくれている息子の世界。そして何の特別感もなくその喜びをさらっと表現し、人の心も豊かにする。
感じられる心があるって素晴らしい。
そしてそれを表現できるってすばらしい。
私の無色透明の当たり前の世界に彩りをつけてくれる。
憎らしいこともたくさん言われるけれども、どんな言葉も今の彼の中に創られている大事な世界から生まれてくる言葉だ。
そう思うと、私自身は自分の日常をどれくらい感じ取れているだろうか。
毎日「時間がない!」と自分を追い立て、眠る前になってやっと今日、自分が感じたことを振り返る。
仕事や、子どもたちの学校のことなど日々いろいろな情報が入ってきて、自分のフィルターで自然に「無駄」だと判断したものをはねのけて事象にだけ反応をしていることも多い。
意識しないと自分がどんな呼吸をしているのかわからない。浅い呼吸に気がついて深呼吸するとやっと感覚が戻ってくる毎日。
せっかく生かされているのだからこの世界を感じ切りたい。感じることが怖いと感じるものも思い切り吸い込んで感じてみようと新たな望みにもつがなった。
息子に改めて気づかせてもらった感じ取る力、表現することの大切さ。
表現を通してお互いの心の内側に思いをよせ、理解し合おうとする心が育つ。
多くを教えなくとも、その豊かな繋がりの中から自分で色々な知恵を掴み取り、心身ともに彼の目指す大人に成長していくのであろうという確信がわいてくる。
私が今、息子にできることは何だろうと考えてみる。
息子の感じとる力、表現する力を見守っていてあげたい。
きっとこの先、それらの中には私が好ましくないと感じる表現もあるだろう。
その時はその場しのぎでおさえこんだりすることでなく、息子の心の背景に目をむけてみる。
そして何よりもどんどん表現したいと思える私で在り続けること。
来年の今頃は中学生。ろくに口もきいてくれないかもしれない。いまのうちだけの話なのかもしれない。私の心に沢山、息子の言葉をメモしておこうと思う。
最後までお読み頂きありがとうございました。
こちらにも息子の成長を通した葛藤を記事にしています!
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