震災クロニクル3/13⑮

少し疲れた……

理事長を自宅に送り届けた後、自分は事務所の机に突っ伏した。知らない人の遺体を目の当たりにした。生まれてはじめてだ。実際に見てはいない。だが、白いビニールに入れられ、確かにそこに人はあった。

人がいた……ではなく、人があった。もはや人ではなかったかもしれないが、面影を確かに感じた。このビニール袋に入っていたのは少し前までは確かに人であった。

……ぐったりうなだれているところに、今日の宿直のスタッフと、市役所の職員が1人自動ドアを手動で開けて入ってきた。(自動ドアは電源を切っていた。)

二人ともだいぶ疲弊していた。指示系統がうまく動いていないらしい。各避難所に食事が行き届かなくなっている。とうとう物資が枯渇してきた。
隣の体育館には支援物資ぐ運ばれているのを見たことがない。震災の深夜に運びいれたあれ以来、自分は手伝ってもいない。というか、大規模なトレーラーが入ってきた形跡は全くない。

恐れていたことが起こりつつある。

ここはもはや陸の孤島だ。

市役所の職員も少しうなだれ、椅子に腰を下ろして休んでいた。

そうだ。いい機会だから、今疑問に思っていることを聞いておこう。

「あの、今からあの円が広がることってあるんですか?」

原発から同心円で、避難指示や屋内退避を当時決めていた。


一番外側の円は原発から30キロ以内
「屋内退避」外に出ないでほしい区域

ここだ。

勿論内側の円にはすでに住人はいないと思われる。自分は内側の円が広がってくるのではないかと察しをつけていた。原発の様子がほとんど好転しない。

圧力が高くなった。
破損した。
燃料棒が露出した。

それで、あの1号機の爆発。

広がることは簡単に予想できる。

しかし、職員は
「いや、これ以上広がることはないだろう」
意外な答えだ。

「なぜですか」

職員は本部で渡されたであろう原発からの距離を同心円で書いてある福島県の地図を僕らの前に出した。

「仮に円が40キロ、50キロ、60キロになったとすると……かぶっちゃうだろ」





円周上に少し入った道路を指差した。

東北自動車道だ。

「この道路が区域になると、福島はおろか宮城、岩手への物流がストップする。この高速道路が東北の生命線だ。隣街でさえ、この道路から回り道で入ってくる支援物資に支えられている。東北自動車道に入るための主要道路を考えると40キロの円を描くのも難しいだろう」

十分すぎる説得力だ。実に合理的な理由だ。あくまで彼の見解ではあるが、おそらく正解だろう。対策本部の内容を踏まえた上での見解だ。

放射能の同心円はその他大勢の東北民を守るため、黙殺された。これ以上はどんな状況の変化があってもこの円は広がらない。でも、そこで被害が頭打ちになったわけではない。本当のことは風呂敷袋に隠して、
「この道は安全ですから、通ってください」


これをやるつもりだ。




慟哭の衝動が頭の中を暴れまわった。

僕らは復興の触媒になる……。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》