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VINTAGE②【ソバージュ晴天哉!】

夏真っ盛り。
夏期休業を迎える直前。僕は前期試験に向けて図書館に入り浸っていた。
土曜の夕方になると、アルバイトもなく図書館からアパートに帰るのも物足りなく、VINTAGEに向かった。長時間机に向かっていると、人恋しくなるものだ。

カランカラン・・・・

「はい、おかえり」
マスターのおばさんが優しく声をかける。
「もう試験シーズンですね」
「そうだね。今年の夏は実家に帰るの?」
「いいえ、帰りません。アルバイトもあるし、一人暮らしを満喫しますよ」
「ご家族の方は心配しないの?」
「さぁどうでしょう。自分はここでの生活が気に入っているし一人の方が気楽なので」
お互い愛想笑いの後、つかの間の静寂。

コーヒーとハムトーストが目の前に並んだ。

「うーん、ブラジル」
「残念、ハワイコナ」

さっぱり当たらない。まぁいいや。

カランカラン・・・・・・
「おう、いらっしゃい!」
スーさん(マスターの旦那さん。常連さんがそう呼んでいるので、不思議と自分もそう呼ぶようになった)が店に入ってきた。そろそろ閉店の準備だろうか。

「東北はまだ涼しいのかね」
「いや、特に関係なくどこでも蒸し暑いですよ。ここの暑さにはまだ慣れませんけどね」
「はは、そりゃそうだ」
「太陽光が痛いです」
「フライパンの上で焼かれているようなもんだwww」

カランカラン・・・・・・

スラッとした背の高い女性がスーツ姿で入ってきた。どう見てもリッチで育ちが良さそうなソバージュをかけたおばさん。買い物袋を片手に一休みといったところだろうか。

「じゃあ、ブレンドいただきます」

??
何かイントネーションがおかしい。
アクセントの位置?
話を聞いている内に関西の人だということが分かった。

ああ、どおりで・・・・・・

「こんばんは、いつもいらっしゃいますね」
屈託のない笑顔で挨拶をされるとこちらも恐れ多くなる。
「こんばんは、どうも。常連になりかけています大学生の○○です」

すごく打ち解ける時間が短い。関西の人はときに人を丸くするのか。角のない言葉が周りを和ませる。
「○○ちゃんはね歯医者さんなんだよ」
スーさんが紹介してくれた。
「そうなんですか。どおりで普通とは違う雰囲気だと思っていました」
「どういう意味ですか、それww怪獣とかではないですよww」
「いやいや、そういう意味じゃなくて近づきにくい雰囲気というか・・・」
「ホントはおっかねえのかもしれないなw」
「なにいってんの!もうww」

談笑に談笑を重ね、カウンターは演芸場のような空気感。

娘が言うことを聞かなくてねぇと月並みな話を周りにしていたが、自分に突然
「どう思ういます?」
おいおいおい、ここはアメリカの大学のプレゼンテーション実習かと思うくらい自分の意見を求められるとは思っていなかった。
「子どもなんて親のいうこと聞かないものですよ。自分もそうだったし、今でもそうかな」

「学校の勉強でもね×△〇▲〇□◇」
「自分は高校途中で辞めちゃったので、よく分からないです。勉強が本当に必要になったら本人も気づきますよ」

「へ・・・・・・高校辞めているの?」
「大検で・・・なんとか」
「へぇ、すごいね」

意外な答えだ。高校中退なんて褒められたものじゃない。まして、3年の時に辞めたなんてもったいないにもほどがある。そんなことを言われずただ、「すごい」の一言で片づけてくれたのは自分の後ろめたい気持ちを一気に流してくれるようなさっぱりとしたリアクションだった。

「いろいろ体験談とか聞かせてくださいね」
「参考になるかどうか分かりませんけど、自分のような人生になっちゃったらとんでもなく親不孝になりますよ」
苦笑いをしながら、この話題から遠ざかろうとした。

世間には色々な人がいるものだ。ズカズカと土足で自分の心の中に入ってきたかと思うと、とっさにトラウマを綺麗さっぱり洗い流してくれる関西の後腐れのなさに少し羨望の眼差しを向けた。自分の地元はじめじめとした梅雨のようなどろっとしたグロテスクな気持ちの連なりしかなかったのに、世の中にはこれだけさっぱりとしている人種もいる。
関西って粗暴なイメージがあるけど、人は見かけによらないものだなぁ。何でも地域でパーソナリティを区切るものじゃない。あの女性のイメージが単に良かっただけかもしれないけれど、関西弁は時として人の心を軟化させる。


ゆっくりとほどけた過去のトラウマを尻目に「じゃあ、自分も帰ります」

自転車をこぎながら、今までの人生にYesと言ってみたくなった。そんな元不登校少年の1日が今日もまた暮れていく。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》